他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

【短編】ものわすれなぐさ 物忘れな草

「ねえ、あなた」


道端でまさにすれ違わんとした女の子に呼び止められた。今から思えばそこはかとなく怪しい要素が満載だったのだけれど、上の空で考え事をしていた僕はぴたりと足を止めてしまった。

 

「え、えーと――何かな?」


「この私に挨拶もなしにずけずけと用件を問い質すなんて、随分と御大層なビッグマウスじゃない。クォーターパウンダーを一口で平らげられるくらいね」


ビッグマウスは物理的な意味ではないと思うが。あれかな、異能力の名前だったりするのかな、『大間口喰らい(ビッグマウス)』。使えなさそうだし、使い手が食えないやつであろうことは目に(口に?)見える。
生返事を返しただけでビッグマウス呼ばわりされる。生ものを食べた後のように、ストレスで腹を下しそうだ。

 

「そんなにお腹が痛いなら、私がヤキ入れてあげるわよ」


彼女は拳をグーに握りしめ、低く腰を落とした。
それは焼きでは、加熱ではない。物理的にお腹が痛くなってしまう。


「毒を以て毒を制すってご存知かしら?」


「痛覚を痛覚で上書きするという意味じゃあないのは知っている」


「猛毒を以て毒を制すってご存知かしら?」


「それは猛毒マイナス毒が害になるわけだよね」


ほぼ致死毒だと思うけど。


「ところで、毒舌の人とディープキスしたら命に関わると思わない?」


「君と関わってる時点で命に関わってる」


「根も葉もない嘘をついたら、舌を舌根から引っこ抜いて禍根で性根まで枯らすわよ」


よほど音を上げて参ろうかと考えたけれど、やられっぱなしではかっこうがつかない。ここはひとつ、カウンターを仕掛けてみるべきだろう。


「君は性根が腐ってるね」


舌の根が乾かないうちに、焦って根本から誤った気がする。今生の別れを後腐れなく告げられてもおかしくなかった。
遺恨有り余るが、それもやむなし。
草の根分けても残らないほど、根絶やしにされるだろう。
息の根を殺してじっと最後の瞬間が訪れるのを待っていると、彼女がそっと口を開いた。


「正確に言えば、腐りかけ。
かろうじてまだ血肉が通っているだけのことよ。
血も涙もないなんて言われて、傷つかないと思ったら大間違い。
私だって、依然生身に熱心に焦がれているんだから」


だから私は、防腐剤を探しているの。
あなた、中々ふてぶてしいようだし、ちょっとこの後付き合いなさい。


僕は首根っこをひっつかまれ、ずるずると引きずられていく。


こうして、彼女と僕の腐れ縁が発効した。