他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

パンマン

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今日スーパーで見かけたパンだ。ガラケーのカメラで撮ったので、前時代的な画質でお楽しみいただきたい。というか、私は画質やらそこらに大した教養がないので、味がある白味が入ったなとしか思っていないので、撮影者の意図をそういう風に感じていただきたい。塩なんとかかんとかパンだった。忘れてしまった。で、なにゆえにこのパンのスナップショットを持ってきたのかというと、こいつらの形が「女陰」に似ているなと思ったからである。こう、陰核があって、大陰唇がぺろりと広がっていて、膣口が見える。そのように見えるのである。これがいくつもいくつもいくつもいくつも陳列されているものだから、「ヤダ、ちょっと、恥ずかし……///」という心境になったのは秘密である。しー、ね。しー。分かった? 一番よく映っているパンはモリマンですね。それの右はそうでもないですけれど。今日は朝から、これまた別のところに帰省していた。因縁があるといえばないし、ないといえばある、私の中で咀嚼し切れていない関係性が存在するところである。毎回毎回屈託無く受け入れてくれるが、やはり心の中で居心地悪く悶絶している小さな私がいる。この禍根を根絶する事はよほどの事がない限りありえないのだが、話を伝え聞く限りではその「よほどの事」は滅多な事があっても巡ってきてくれそうにないので、これは向こうずっと背負わなければならないきまり悪さなのだろう。全くそいつについて話を聞かない人間でも、私の知らないところでとにかく生きてはいるんだな、という当たり前の事を感じた。隣戸に、上の階に、目の前の家に、住んでいる人の事を、生活音と夜の点灯と飯の香りでしか知らないけれど、そして向こうもきっとそうなのだろうけれど、知らなくても知られていなくても、のうのうとは言わないが、生きてはいるのだなと思った。犯罪者の親が犯罪者とはおおよその場合限らないが、そう思いたくなる立場の人も少なからず無視できない様相で存在するというのは、ちまちま折に触れて分からされる噛み潰せない事実である。今べったべたに懐いてくる者であっても、オセロであっという間に局面がひっくり返るように、手の平を返したように、離れていく時が来るのかもしれないと思いながら相手をすると、拭いがたい、気持ちよさとほぼ座標を同じくした別の後ろ向きな感情が顔を出す。豪雨の跡を強く残す路傍をさんざ見たけれど、台風よ、お前は本当に来るのか? ぶぶ漬けでも食え。