他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

受け渡す手の在り方を考えてくれ

砂肝を食うと、高確率で奥歯に挟まる。奥の歯に挟まるというその時点で十分かなり厄介なのだが、砂肝は極めて弾力に富んだテクスチャのため、ギッチギチに圧縮された状態で奥歯と奥歯の間という隘路に迷い込むと、ものすごく除去が難しくなる。舌でツンツンしても、歯ブラシで懸命に磨きをかけても、どう考えても作業のためにはサイズ的に大きすぎる指を入れてみても、砂肝カスの完全除去は難しい。砂肝というか、食べると必ずつきまとうこの煩わしさ、お前の本名は「砂鉄肝」なのではないかと言いたくなる。砂肝に語りかけても返答は得られないので言わないが。この砂肝をスーパーで買って来たわけだが、今日通ったレジのおばちゃんは下手くそだった。何が下手くそだったのかというと、清算済みカゴへの商品格納がウルトラ下手くそだった。まさかの牛乳パックを寝かせてその上に他の品を詰むし、カゴの取っ手にネギを挟んで寄越した。ついでに言うと、代金の受け取りからレシート・お釣りの受け渡しまで、出来る風なオーラを出しつつも下手くそだった。出来る風なムーブをしているのだが、なんか無駄が多いし、こちらの脳が理解できない(理解というか、認識できない。行動の意味が分からないのだ)挙動が目立った。そこのレジだけ客の捌けが悪かった。バイトの大学生だってもっと上手なものだが、あれは一体何だったのだろう。今思い出しても、私の方が上手いと思う。コンビニのレジ横には、慎ましい募金箱が置かれている。だいたい、国内の直近被災地に向けた義援金のものである事が多い気がする。マクドナルドはマクドナルドハウスだ。今日通りかかった店舗では、一ヶ月の募金総額が1000円程度だと入り口扉に貼られていた。掲示しなくても良いのではないかと思ってしまうほどの額だ。心意気やよし、という言葉があるので一概には言えない。だが、ここで私は思う。義援金をポストするハードルをもっと下げる方法があるのではないかと。「義援金」という、現代のワードとは思えないあまりにも堅苦しい字面が、募金への心理的ハードルを大きくあげている気がしてならない。難しいものはかっこいい気がするが、向かっていくのは恥ずかしい。「〇〇家・△△家御結婚式場」みたいな大仰さは、ここではいらない。代替案として、あくまでサジェスチョンのひとつとして、「頑張れマネー」というのを提案したい。「東日本大震災頑張れマネー」「熊本大地震頑張れマネー」は、漢字ばかりが連続する募金箱のお題目よりも、よほどソフトに、手が伸ばしやすく思える。とは言うものの、「頑張れ」という言葉の暴力性に思いが巡ってしまうのだけれど。