他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

カクテキ

キムチを買った。キムチを買うのに、大変な勇気を要した。理由は、「キムチを買うのは自炊をしなさそうな独身男性」という私のとても個人的な偏見が邪魔をしていたからである。理由は特にないが、実例は一つしか知らないが、なんとなく、料理に対して腰が重い人が、キムチでご飯を食べているのではないかという妄想があるのだ。今でもある。ご飯のお供に、納豆やらふりかけやらを採用したものの、変化がないと色んな感覚が死滅していくので(今日は11月のどこかだと思っていた)、起伏をつけなければいけない。体型はずんどうつるぺたでよいが、生活はある程度ボンキュッボンでなければならない。坂道を下るのは、危ないが楽しいからだ。勝手に身体を運ばれているという高揚感、身体的な浮遊感などなどが、坂道自転車猛スピード急降下という娯楽を生む。私は怖がりで、いつもブレーキで制動しながらなのでとんでもない事にはならないが(角から突然出てきた車に轢かれたり角から突然出てきた人間を轢いたりという事態を考えると自然にブレーキに掛ける手も締まるというものだ)、あの行為は、位置エネルギーの一方的な搾取という気分になれて、端的に言ってとても気持ちが良い。真冬の高台を滑り降りると一瞬で凍えるが、それはまた別の話である。環境要因だとか、うるさい事は今は考えなくていい。キムチを買ったのだ。刺激的なものが欲しかったのである。そうは言いつつも、朝ご飯にキムチを引っ張り出してきた私は、ご飯に卵を割り、キムチを乗せ、韓国海苔を千切って掻き混ぜた正体不明のメニューを食べた。卵でまろやかになる。もともとのキムチも、それほど辛くなかった。王様カレー甘口くらいなものだった。韓国海苔は、両者の狭間で油により存在感を叫んでいた。ゴマ油とか、醤油三滴とか、少し手間を加えればよくなりそうな気がする。焼肉屋に行けば答えが見つかりそうな気配が濃厚ではあるが、焼肉屋に行く金も機会も気力もない。焼肉屋って、どうにも総じてハードルが高い気がして、もっとドン・キホーテみたいなハードルの低さを湛えた店舗がないものかと思う。食べ放題とかの店でも焼肉はできるが、寿司や唐揚げ、スパゲッティを間に挟みながら焼肉したいわけではない。肉のみが存在を許された鉄板を前にして、ひたすらにもしもし焼肉を食べたい。食事の上空を飛び交う言葉は少なに、焼肉という現象にどっぷりと浸りたい。あぁ、だから、私は。

貝木泥舟と焼肉に行きたいのだろう。