他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

途中から味なんて分からなくなる

今日もほぼ記憶に残っている事がほぼないと言いたいのだが、そんなことを言ってしまったら毎日言う事がないので、残滓を拡大解釈する方向で生きていきたい。絞りかすとはいえ、「これだけしか残っていない」ではなく「これほども残った」と表現する事で前向きに捉える事ができる云々と諭されたりするが、特段前向きに物事を考えよう! としている時でもなければ、頭の中に潜り込んでくるうるさい羽虫に過ぎない。羽虫は「はむし」と読むのだが、気に障る飛び回りかたをする害虫に関して、呼び習わし方が地域によって違ったり違わなかったりする事もないではないらしい。他の地域の呼び方について記憶が残っていないのでここで比較検討する事は叶わないし大して臨んでもいないので別に構わないのだが、なかなかにひどい呼称を持つところもあったようななかったような気がする。もう少し頭の中に事実が固着すれば具体性を持って話を進める事ができるのだが、具体性に対して現実的な感情を持てないのでやめておく。具体例で範例を示すやり方に対してどのような感情・姿勢をとればいいのか、未だによく分からない。サークル時代の同期と久しぶりに遭遇し、もちゃもちゃ長時間立ち話をした末に、ぐだぐだして、結局一緒にご飯を食べに行った。行った先で、狂ったように餃子を食べまくった。ほぼライスと餃子しか食べないという、ストイックに炭水化物な食事をした。もちゃもちゃ無駄話を重ねながら、今はどうだとかあいつはどうだとか、風の噂には聞いているが果たしてあれとかあれとか、耳を何回掃除しても真実だとは思えないのだが本当にそうなのかなどなど、人生に寄与する点が何もない、無の時間をめちゃくちゃに過ごした。こんな事しなくてもいいのにな、と頭の片隅で刻を知らせる鐘を鳴らす私の一部の声を確かに聞きながらも、勤勉に時間をドブに捨てる行為には、ある種の恍惚というか、何ももたらさないが故の優しさがある。傷を癒す薬となりうる時間は、誰ともなしに腕に刺さっている点滴のようなもので、是もなく非もなく注入し影響を及ぼし続けるタイプのアイテムである。多分、ポケモンだったらバッグの中でたいせつなものに分類されて入っている。店に行って「時間」を掲げて見せれば、道中のトレーナーにボコボコにやられてお金なんか持っていなくても、モンスターボールやキズぐすりを揃える事ができてしまうかもしれない。何も考えず、脳味噌にストッパーをかけずに話ができる相手というのは極めて貴重だなと思ったのだ。