他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

肩に乗る事を強制してくる偉大な先達

なんとか心の腰を持ち上げることに成功し、丸々そっくりそのまま2日間をドブに捨てて発酵させてしまいはしたが、ある程度生産的な行為のとっかかりに足を乗せる事に僅かばかり成功した。こんな事をしていても怒られないのは生まれたての仔鹿やら何やらだけだとは思うのだが、人知れず倒れた木は音を立てていないとかいうあれと同様、人知れず腐っている人間は腐っていようが腐乱していようが腐敗していようがどうでもいいのである。さすがに腐ると悪臭が近所迷惑なので、腐る場所は選ぶが、人知れず死んだ人たちは一体死んでいるのやら生きているのやら。人知れぬ木でないだけ、めっけもんなのかもしれないけれど。セブンイレブンブランドのいっぱい入っているドーナツを食べたのだけれど、ドーナツ屋で売っているドーナツではない方のドーナツの味がして美味しい。不味くはない。めちゃくちゃ美味いわけでもない。手遊び口遊びに食べる分には過不足なくちょうどよくどうでもいい程度にまともだという事だ。昨日のグラタンもそうだが、めちゃくちゃに美味いドーナツって世の中に存在するのだろうか……。ミスドゴールデンチョコレートを食べた時のあの感じは、超絶ドーナツというよりは実家に帰って食べるご飯の味に近いような気がする。これだよこれ、と言う事が許されるような感覚である。「これか……………っっっっっっっ!!!」が超絶ドーナツだと思う。多分。あるジャンルで突出してめちゃくちゃに偏差値が高いものを知らないので、それはもう妄執のみで想像しているのだが、カレーとか唐揚げとかも、美味しさが閾値に達するとそこから全て平行線を描きそうな感じがあるのだが、そうでもないのだろうか。美味しんぼくらいやりこめば、減衰値を吹き飛ばすような絶対的カレー、絶対的唐揚げがこの世に爆誕するのだろうか。そこらへんの家庭状況で再現できる程度のハードルを伴って実現してほしいものだ。そういうアルティメット料理を食べる際には、是非とも誰かの財布の紐にぶら下がってターザンしていたい。「アーアアーー」とリアクションしていればいいだけである。気が楽だ。大家さんに地元のお土産を持って行ったら、大量のおっきなミカンとちっこい玉ねぎをくれた。ご年配であるから、この時世であっても物々交換のディシプリンを痛烈に感じる御方である。ミカンも玉ねぎも屋外のダンボールに収納してあって、色々な隔たりを感じるものだ。