他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

もらった柑橘類がいっぱいある

半纏を着て台所に立っていると、「同棲中の彼女が風邪を引いたのでおかゆを作ってあげている」光景に見えていいな、うふふ、と思った。うふふ。実際には、包丁をとんとんする私の背後にあるのは、去年暮れに整理ボックスを買ったのに未だ開封されていないが故に畳まれていない状態で依然床に横たわったままの洗濯物たちと、雑多なものが雑多に積み上げられた棚・机と、ニトリのくたびれたシングル寝具セットだけである。私を待つものは何もない。帰省中、「大家さんのところ以外にも持っていくかしら、一応買っておこう」と持って帰ってきた川通り餅一箱が、持っていく先なく盛大に残存を余儀なくされたため、昨日今日でいっぱい食べて消費していた。消費期限自体はとうの10日に過ぎ去っていたのだけれど、食べ物を捨てるのはもったいない、そう、もったいないな何か、というくらいのゆるゆるな衛生観念で食べていた。風味とか食感は確かにディテールが飛んでいるような気がしたが、川通り餅はもともと持っている「おいしい係数」が極めて高いので、そんな事を気にするくらいであれば余らせてダメにする方が私にとっては罪深い行為であった。開封して思い出したのだが、川通り餅というやつは、爪楊枝の刺さった平べったいお餅が紙でお包みされているだけの、密封型ではない包装形態だったので、ちょっとこれは期日を過ぎてしまうと危ないんでないの、と思った事は事実である。それくらいの目の上のたんこぶは、なかった事にしてしまえるのがもったいない精神である。一日を虚無に溶かすのをもったいないとは思わないのに、食べ物とかに関しては勿体無い精神が遺憾なく発揮されている。即物的だ。カレンダーを一週間読み違えていた。正確には、この週にはこれがある、という内容を一週間後ろにずらして感覚しており、先週の予定をまるまる無で踏み潰す結果となっていた。気が付いたのは昨日の夜で、あ、やっべと思ったが、それくらい思っても世の中は回るので、まあいっか、と思ってしまった自分がいた。完璧に、すべてが終わってしまってから脳内カレンダーと実暦を照合したのだから、私の中で生活しているアナザー人格が、悪い事でもしたのかもしれない。悪い遊びをしてしまうのも困りものだが、悪い遊びを教えてくれる友達がいるというのも問題なのである。埋め合わせが必要になりそうなイベントは(おそらく)なかったのが不幸中の幸いだが、不幸とは、足音が聞こえるだけで不幸なのだから、メデューサの目を見てしまったようなものなのだ。