他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

濡れたアスファルトと黒いゴミ袋の質感は一緒

起きたらべちょべちょに雨が降っていた。雨が降る音をどんな擬音で表現すればいいのか、そもそも擬音で表現しなければならない理由があるのか、色々言いたい事はあるが、久しぶりに降る雨の音を聞くと、べちょべちょだなと思った。窓の枠から垂れまくる雫が防犯用の軽石を叩いている音が最も多く耳に入って来たからかもしれないが、気温を下げ気分を下げ、濡れずに済むようなスキマを寸分も用意せずに降水する雨には、べちょべちょと言いたくなる。一ヶ月に一度くらいしでかしている気がするのだが、また予定を一週間間違えて無駄足を踏んだ。ついでに、私の想定よりも一時間遅く事が始まり、家に帰った後なのにもう一度出向くという二度手間をかける羽目にもなった。アホである。もう少し行動に合理性を伴うように心がけていきたいが、手帳を見る習慣がそれには必要で、でも手帳を見て頭の中を整理しなければいけないほど要件が入る事なんてないので、どうしようかなと思う。近くの公園が、かなり前の事ではあるのだがまっさらになっていて、視線を投げるのも馬鹿らしくなるくらい荒涼とした一面の土くれパーティーに成り果てていた。跡地を囲う高い柵を越えて視線を投げる人などおらず、ただただそこにあるだけで、迂回しなければいけないフィールド状態のように振舞われていたその空き地に、ニヤニヤ笑顔を浮かべながら覗き込んでいる人がいた。この人は空き地フェチとか、そういう類の人なのかしらと思った。工場マニアとか、廃墟マニアとかいるけれど、その同類項に近い嗜癖を持っていて、なんにもなくなった虚無の空間に漂う何かをしゃぶって楽しんでいるのだろうか、と勝手に思って通り過ぎた。もしや空き地を挟んで向こう側に片思いのあの子がいたりしたのかもしれないが、けれどやはり、笑みが存在する事が不自然な文脈に笑顔があると違和感がすごいなと思ったのである。図書館の新刊コーナーにあって、岩波文庫でこんなんが出るんだ、と思ったので借りてきた開高健短篇集を少し読んでみた。名前だけは、というか字面だけは知っていて、他には何にも知らなかった。読み方さえ初めて知ったのである。「かいこう・けん」と読むらしい。初めの一本目だけ読んだのだが、私の文章美学と多少相違する点はあるにせよ、地の文の説得力、質量を伴って想像させる力がものすごい人なんだなというのは分かった。感情が蒸発しきらないギリギリの淡々とした文章がいい。そして、どうやったらこんな題材を思いつくのか、大体すべての創作物に対して思うが、分からん。