他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

パイ投げされるよりエンゼルチョコパイを顔に押し当ててきて徐々に潰れていく方が怖い

突然、濡れ煎餅で殴られたら怖いと思う。普通のおせんべいだったら、軽快な破裂音と微細な粒子を撒き散らして一瞬で殴打が行き過ぎるが、濡れ煎餅でbatteryをはたらかれた場合、べちょりと湿り気があり柔軟性も兼ね備えた平面が、きしっ、と割れて、不快の許容値を僅かだけ超えたべとべとの欠片を落とすだろう。髪や頰に張り付いた焼き菓子のカスを指でつまみながら、殴ってきたこいつは俺の事が嫌いなのだと悟ってしまうに違いない。濡れ煎餅はああ見えて耐久性にも長じているため、一度のヒットでは損壊せず、二度目三度目のビンタを許すかもしれない。外形を保ったまま、肉をひっぱたいていく濡れ煎餅を恨めしげに見遣りながら、そいつの代わりにこちらの自尊心がおせんべいのようにぱきぱきと軽い音を立てて傷ついてくのだ。なので、私は突然濡れ煎餅で殴られたくない。ずっと「ジュンク堂」は「ジュンク堂」で、カナのジュンク部はただ名前であるからしてカナだと思っていたのだけれど、「淳久」という漢字を当てるものだと知った。江戸時代の年号みたいな字面である。じゅんきゅう13年、とか。もしかしなくても、私が知らないだけで、実は漢字表記も存在するものというのは数余りあって限りないはずだ。肉のハナマサももしかすると「花雅」と情緒湛えるハイソな漢字を当てるのかもしれないし、まあマツモトキヨシは突飛なアウトコースを駆ける事はないと思うが、PARCOにも漢風な御名が存在したりしなかったりする、かも。ひとつまとまった作業が終わったぞ、やっほい、と喜んだのも束の間、ゴールテープを切る前に「あと一周ラップが追加されたから」と言うが如く、新たな作業をお願いされてしまった。なんだかんだ、色んな事を途切れなく委任されていて、断絶するよりはもちろんこの上なく有難い事なのだが、流れてくる源泉の性質を考えると、それあたかも遠洋漁業に乗り出すかのようで、「ちょっと乗ってく?」「いいですよ」なる二言の会話だけで1年間名も知らぬ海域で水産業に従事する事になったような、いつの間にか遠い所へ来てしまったなという諦めにも似た無色の感慨がある。ちょっと立ち止まって考えるまでもなく、しばらく続くと思うので、船酔いしてゲロを吐かない体になる程度の利益は得て地上に戻りたい。本屋で買って来たいくつかを読んだ。葵せきなはまたぞろシリーズが終わるらしいので、そろそろ次のタイトルを出してくるものと思う。別式面白いよ別式。