他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

蝶番がテレビ通販で紹介されている場面を目にした事がない

全然分からない事を全然分からないまま濁流のように説明されて、さて皆さんどうでしょう、といった顔をされていると、脳味噌がねじれまくる感覚が尋常ではない。他人の力に任せて引きずられるがままになった事はないが、知性の面でそれをされている気分になる。道路側にバッグを持っている女性がひったくられて、バッグを掴んだままずりずりと路上を引きずられる感じ。それだ。バッグを放していないところがポイントである。分かんねえ、分かんねえぞと脂汗を垂らしながら、それでもどこかマゾヒスティックに楽しんでいるところがある。こうやって汗を流して新陳代謝を計らないと、たまにこういう事をやらなければ、埃がパンパンに詰まった貯金箱になりそうで怖い。怖いのでたまにやる。たまにやって、ジェットコースターから降りた後のヘンテコな満足感と爽快感と生還した実感をジューサーにかけて冷や汗で割ったような味を思い出す。美味くはないが、良薬口に苦しと言うし、美味しくなくてもよいものである可能性はある。家を出て、もう上着は必要ないかなと思ったその瞬間、唐突に、ポストって欠伸が出るくらいに牧歌的なシステムだなと閃いた。ダイヤル錠がかかっているポストはそうでもないが、私の家のやつはパカッと扉を開けば中身が隅々まで丸見えの全然いじらしくないモデルである。クイズダービー的である。カーテンが、オールオアナッシング。恥ずかしい。別に恥ずかしいものは入っていない。恥ずかしくないものも、大家さんが「チラシお断り」というテプラを打って貼ってくれたところ全く投函されなくなった。文言だけでこんなに覿面とは、人間はネズミやゴキブリよりよほど制し易い。ストーカーが電気やガスの料金表をチェックしたり、ポストへの投函物で色々悪い事ができるらしいのだが、こんな無防備晒したポストだと、プライバシーのプの字もない。サイズ内であれば、不審物も入れ放題である。体液をみちみちに詰めたチョーヤの梅酒瓶くらいだったら難なく入る、はずだ。そういう事がないので、まともな人の絶対数が多いのだなと思われる。分からない。みんな、頭の中ではそれに類する比肩する、あるいはもっと粘着質で粘液質な事を考えているかもしれないけれど、おくびにも出さないだけかも。水商売のお店の入り口に張り紙があって、「謹告」という日本語がある事を知った。謹んでお告げいたします、的な。今までに何回か見た事があるはずなのだが、こんな硬い字面をそういうお店で見た、というのが新しかった。