他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

アイスの棒を煮崩れするまで煮る

もう2枚も上に着ていなくていいような温度になってきた。夕方はまだ変な遷移をしているが、日中は頭お花畑で生きていけそうだ。1枚で過ごしていてもいいのだが、1枚でいいところを2枚着て、過剰に溢れた暖かさで頭がぼんやりする、二度寝直前くらいのあのぬくさが気持ちいいのでまだ上着を脱ぎ捨てるのはやめにしたい。2日連続でHPゲージを削られるイベントがあったので、すごい眠いが寝ていられない事情があるので日が変わるまでは寝られない。眠い時に寝るというのは理に適っているし、事実そのような就寝の仕方の時が寝付きも寝起きも一番上手くまとまっているものなのだが、保育園のお昼寝タイムでさえ欲求に従ったものではないのだから、人間が生理的欲求に従順に従って睡眠の世界へゴーする事はとても難しい事だと思わされる。ねむい。最近の広告を見ていると、#という記号が、「ここがコピーですよ!」というディスコースマーカーになっている気がする。あ〜いかにもコピーだな〜という文言(必ずしも褒めた言い方ではない)の頭に#が付いていると、あ〜いかにもコピーだな〜が増幅される。そのハッシュタグを踏んでもどうせその広告しか出てこないような狭くてしょっぱいカテゴリなのだが、「カギカッコ」でも(カッコ)でも*アスタリスク*でも%パーセント%でもなく#というところが、この磁場から逃れられない拘束力を生んでいる気がする。#という記号を見るたびになぜかメロンパンを思い出して、それがなぜなのかよく分からなかったのだが、今直感した。アンパンマンに出てくるメロンパンナちゃんのほっぺに#が書いてあるからだ。積年の腹蔵がすっきりした。真綿で首を絞められるような、とか言って、真綿で首を絞められて死ぬものかな、と思ったのだが、きちんと紡げば糸になるのだし、そうすると、こちらが窒息死して事切れるかあちらが断裂するかの勝負になる。が、紡績の段階を経てしまった瞬間に真綿が真綿じゃなくなるような気がして、糸にしてしまうと真綿で首を絞めるではなくなってしまう。写真で見るような、摘み取った直後のそれで絞殺されるなら正に真綿で首を絞めるだが、クリスマスツリーに飾る綿を千切った記憶に照らすと、とても人の命を奪えそうな気配がない。真綿で首を絞めるとは、もしかして、ハッタリを効かせるとかそういう意味なのではないかと思えてくる。真綿で糸を紡ごうかとハウツー動画を検索したら、職人が指を唾で湿らせてから縒っていて、複雑な気持ちになった。