他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

揺れ動くもの

 公園に行った。なんか、こう、むずむずして、同じことしかしない繰り返しに飽きて、普段通り過ぎるだけの公園に行った。遊びたかったのかもしれない。公園で遊ぶ子供たちを眺めて穏やかな気持ちになりたかったのかもしれない。あるいは、下種な欲望からか。スプレー缶でも持っていれば、遊具に拙いアートでも残したことだろう。生憎手元にあるスプレー缶はシェービングフォームのものしかなかったので、手ぶらで公園に行った。
 時刻は夜11時も過ぎていて、街灯に虫がぶつかる以外は、夜闇を通して雑音に変わった生活音が聞こえるだけだった。子供たちの投げ捨てた駄菓子のゴミや、砂場に突き刺された大きな木の枝が目に付いた。ベンチに座ろうとしたが、泥濘の残滓が黒く飛び散っていて、気を削がれた。典型的ではあるが、ブランコに腰を落とすことにした。きぃこ、きぃこ。やけに太い鎖が錆びついて、大人の体重で軋んだ。んー。ブランコが楽しかったのはいつまでだっただろうか。ただ、体重を移動させて揺れるだけの遊具が、どうしてあんなに楽しかったのだろう。今は大人だから、立ち漕ぎはしない。ゆっくり、座ったまま呆けて、宙に耳障りを垂れ流していた。
 ふと、隣のブランコが鳴った。意図して背けられた目が、ブランコを仕切る柵を検分している。白んだスーツに、細くなった毛髪をしている。何もこんな場面でこちらから話しかける義理もない。しばらく、見知らぬ中年と席を並べて童心に帰っていた。
「こんな時間に、どうした?」
 そろそろ家に戻ろうかと思った矢先、おっさんがコンタクトを図ってきた。逆光になって表情はよく分からないが、くたびれている事だけは雰囲気だけでも雄弁に伝わってくる。
「なんか、こう、むずむずして。家、出てきたんです」
「ふぅん?」
「家出とかじゃないですよ。ただ、なんかないかな、って。そんな感じです」
「そうか」
 おっさんは膝の上に乗せていた、使い込んでぺたんこになったビジネスバッグをまさぐると、ワンカップ大関を取り出した。
「飲むかい?」
「すいません、酒ダメなんです」
「飲めんのか?」
「あんまり得意じゃなくて」
「いい事だよ。ヤケ酒をしなくて済むだろう? よほど楽だ」
 蓋の外れる軽い音がして、おっさんのスーツに少し中身が零れた。気付いているのかいないのか、おっさんは一息にカップを呷り、足元にことりと置いた。
「いい飲みっぷりで」
「どうせ後で吐くさ。私も酒は好きじゃないんだ。他に方法を知らないだけでね」
「身体に悪そうですね」
「よくはないだろうな。でも、これでどうにか誤魔化せるものもあるんだ。十年先より、明日の事だ」
「胸に刻んでおきます」
「そんなに大した事じゃない。これくらいで十分だよ」
 おっさんは革靴の先で砂をいじると、力を込めて地面を蹴り飛ばした。海岸の、砂浜。すぐに攫われるもの。
 二人して、言う事もなくなって、身体を揺すっていた。誰も歩道を通らない。犬の散歩も出会わない。隔絶した舞台で、散漫を演じているような気分だ。あぁ、と息を吐いた。もう白くなる季節は終わってしまっていた。
「帰ります」
 ブランコから降り、おっさんに背中を向けたまま、用件だけを簡潔に伝えた。
「早く帰った方がいい。今夜は寒くなりそうだ」
「そのままお返しします」
「参ったな」
「えっと、じゃ、失礼します」
「うん」
 ドアノブを握り、家の鍵を閉め忘れて外出していたことを知った。