他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

燻みマスカット

買っていたバナナが、なんか変だった。背中というか、背筋というか、バナナをエビに見立てた時に、背ワタがぴっと通っている部分、そのラインが、固かったというのか、硬化していたというのか、バナナが有する食感としては最悪に近い何かが渡っていた。バナナを食べ終わる、一番最後のへそみたいな部分、あそこって妙に固くて変な味がして、いつもそこだけ食べないように避けているのだが、まさにあのへそみたいな部分がずっとあった。ごくごくたまに、前に買ったバナナでも、こういう事があったなと思い出したが、これは何故起こる事象なのであろうか。医学系に行かなかったら、バナナの研究者になりたかったとか行っていた、あいつに今度会ったら聞いてみようか。知らないかもしれないが。大家さんから、工事で水道が止まるからご注意、という電話が来た。事前に身構えて、尿意も空気を察してか湧いてこなくて、事前通告断水時間中水を一切使わなかったから、本当に断水があったのかどうかは不明である。大家さんの方では、ずんどこ工事が進んでいるようだから、また大きな音から小さな音まで、動かす力だヤンマーディーゼルするかもしれない。あちら以外にも、どこかで電鋸を使うような音がする。すぐそばの一軒家も、リフォーム工事をしていた気がする。工事が密集している。今、天気予報の前だか後だか、ヤン坊マー坊のアニメは流れているのだろうか。広島では、その他にも、ブラッコという、貝殻のブラをしたラッコが楽しい歌とダンスを踊る、そういう枠のアニメみたいなのがあった。ブラッコは、YouTubeで探せば、何パターンか動画があると思う。結構面白いので、観ても時間の無駄にはならないと保証しておこう。さて。だいたい書く事は書いてしまったが。読む本が変わって、米原万理『嘘つきアーニャの真っ赤な真実』になった。パッと出てくる米原万理のエッセイ集の中で、確かこれだけ未読だったので買ってきた。幼少期にいたプラハソビエト学校のクラスメイトとの、思い出と幾年ぶりの邂逅、というような内容なのだが、内容を概略化して書くのがとてももったいない。リッツァと、表題にあるアーニャの章を読んだが、米原万理のエッセイには、独特の、感覚的質感がある。それが気持ちいいのだ。この人でなければ書けないだろうな、という類のものだ。他に買ってきた中に、多和田葉子の、ドイツの「通り」をテーマにしたエッセイがある。どうも、私は、マルチリンガルというか、エクソフォニーな人に憧れがあるようだ。