他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

ネピド

出しっ放しで猛烈に積み上がっている本もそうだが、冷蔵庫の中で静かに息を引き取り、コールドスリープ安置保存されている調味料の面々も解釈してやらねばならない事を思い出した。結構あるのだが、全然整理していない。理由は、めんどくさいからである。や、別に、今すぐやろう今やろうすぐやろうと思い立って取り組もうと思えばできるのだが、そもそも日記を書こうという気を起こすだけでもそれなりのMPを消費しているのである。日常の営為にMPシステムを見出しているのはなんとも情けないような気がするが、たまに何かしらの作業仮説的なものを見出し、それを現実認識に適用してみると思いの外ばっちりはまったりして、一人で納得いっていたりする。私は、他人を説得というか、自分の思う結論の方へ誘導する事にはまっこと興味がないのだが、自分で使う分の解釈枠組みを用意するのは暇潰し方策のうち大きなひとつを占めているので、そういう、門外不出の自分ちでしか出せないようなタレみたいなものが多い。誇るような事でもなんでもないが。プレゼンとか、ディベートとか、他人をpersuade他エトセトラする行為の方面に能力が長けて関心が向いていた方が、今は生きやすい時代だと思いますよ。竪穴式住居に原料液を流し込んででっかいプリンを作るような事をしていると、箸にも棒にもかからなくなるので。バケツプリンとか風呂プリンは聞いた事あるけれど、竪穴式プリンはないな。ふふふ。こういう、損にも得にもならない、どうでもいい世界のパネルを引っ繰り返して面白がっても仕方がないので。でも、こういう事ばかり考えてしまうのであって、もうそこはどうしようもないので、しょうがないですね。一人暮らしでは、キャベツ一玉は持て余す。持て余していた。半玉残っていて、端っこに少しカビらしきものが見え始めていたので、さっさとバラしてレンチンしておいた。生ならカビが生える、火を通していれば大丈夫、という単純な図式かどうか知らないのだが、ひとまず自分が安心できればいいかなと思う。餅やパンにカビが生えると、中まで根を伸ばしているのでキケン、捨てちゃいましょうと聞くが、キャベツの場合はどうなのだろう。カビの生態自体は変わらないから、見えたらジ・エンドなのかな。お腹を壊したら、そういう事なのだと納得しよう。キャベツを食べる調味料として、コチュジャンを醤油で固めに溶いてねりねりしたものを添えている。バカみたいな味がして美味い。