他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

引っかからなかった抜け毛

夕方くらいからしばらく、しばらくずっと屁が出ていた。スカすような生半可な屁ではなくて、尻に力を入れてぽんと出す、屁オブ屁、ザ・屁が止まらなかった。思い返してみるに、そう、しゃっくりが出るサイクルとスパンと同じくらいのペースで、屁がぷりぷりぷっぷこぼひぼひぷっぽと出ていた。こんなに屁とは連続して出るものかと思った。飯食ってからは落ち着いたが、にしてもマナーの悪い車のクラクションのようであった。そう遠くない時代の日本に、これは私の記憶なのでもしかしたら盛大に間違っているやもしれないが、自由自在に屁を出す事のできる人間がいて、それで演芸というか芸能をやっていた人さえいたらしい。私も、小学校の頃、ある程度げっぷをコントロールする事ができて、今でもそのやり方はなんとなく覚えているので、人体の行使という意味では屁も意のままに放る(ひる)事ができておかしくなかろうという感じで、げっぷは動機の準備が能動的に可能なのだが、屁は分からない。私が感得していないだけで、屁を仕込むというか、きっかけをこちらから掴む術があるのかもしれない。にしても、屁をこいてこいてこきまくってやろうと思い至るとは、なかなか変わった人である。屁について扱ったずばり『屁』という本もあるらしいし、食ったらガスが出るのは必然ゆえ、人間として生きる上で欠かせない伴侶的要素ではあるわけだな。ガスで思い出したが、この前しゃがみこんで見た下水は、プクプクと泡が湧いていて面白かった。なぜ路傍でしゃがみこんだのかと言われると、暇で他に見るものがなかったからなのだが、手近にある、人と目を合わせなくても暇を潰せる何かが、私には下水しか思い当たらなかったのだ。ちっちゃい泡が、浮いたりはじけたりして、なんとなしに眺めているには悪くなかった。マスクをつけていたからか、それともそれほど汚い下水ではなかったのか、悪臭がするとかではなかった。暗渠をとろとろと、流れているのか流れていないのか分からない、形のない真っ黒な羊羹が、醋を立てていた。今日はほとんど何もしていない。何もしていないので無理やり引き伸ばしたが、何もしていないんだな。昼飯は、食事らしい食事はとらずに、ドライアプリコットを何個かむしゃむしゃして済ませた。サイズの割にめちゃくちゃ甘くて、げんなりするので食欲をいなすにはちょうどよかった。ドライフルーツの甘みは、身体に悪いものではなかろうと思うのだが、どうなのだろうな。