他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

絶対に笑わない目

すた丼に行ってすた丼を食べたことが全くと言っていいほどないので、壁に掛かっている掟の一と二、すた丼を食うべし、いつ何時もすた丼を食うべしを見るたびに、いや、そんなこと言われましてもね、と思いながら食べている。家で作りたくないから揚げ物を食べに行っているところがある。それなら大戸屋なり、他に選択肢が十分あるはずなのだが、他に行ったことがない。一度唾をつけると、そこ以外に行くのがめんどくさくなるという習性によるものだと差し当たり判断しているが、果たしてどうだろうか。まだドラえもんの映画をゆっくり観ているのだが、宇宙漂流記は本当によかった。そもそも、これも私の記憶に埋もれていたシーンが続々と登場し、あぁ、これだったのか、いやさそもそも君らは劇場版の断片だったのか、と驚いたりなんたりしている。宇宙漂流記は筋書きの出来が素晴らしく、SFとして大変な強度を備えているが、一番びっくりしたのはオープニングだったかもしれない。パースというのか構図というのか、よくこれを採用して落とし込んだなと感心してしまう逸品である。イメージの連鎖というか、映像作品だと一部の相似からモチーフを変遷させていくことが多いが、これはそれがばっちり決まっている。劇中の至る所に脂が漲っているような、制作側からしても会心の出来だったのではないかと想像してしまい、いやあ、本当によくできていますね、と思った。この前人と少し話したのだが、今クレヨンしんちゃんの劇場版を観直すと、新たな発見に満ち溢れていることだろう。私の人生は、本編は終わってしまって、部分部分の振り返り再生をしているに過ぎないというか、おまけの一日だとある日納得してしまったあの日は間違っていなかったのか否か。