野坂昭如の小説は、よく分からないが身体に合う。土地の水が合う、とはこういうことではないかと、まあ本が相手ではあるけれども。おもしろくて、感性がこてんぱんにされるのだが、読んだ後しばらく、気持ちがずっしり重たくなる。私がアホで鈍くなっているだけで、そういえば筋自体はうんざりげんなりするほどの生々しさで、腹の中で胃液と取っ組み合いをしている時間なのかもしれない。本当に、こう、がっくりくる質のそれで、将来感覚を例示できる辞典ができたら、厭世の項目にはこれを入れようかと考えてしまう。しかしてそれであってなお読ませる何かがあるのには間違いなく、じゃあそれは何だろね、迷路の出口はまだ分からない。挟まっていた刊報の寄稿者に柳瀬尚樹の名前があって、ああ、柳瀬尚樹も野坂昭如にのぼせたクチで、抗い難いむき出しの妖しさがここにはあるんだろう。