他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

松竹梅という選択肢を知らなければ花見だけでいいのに

袋に入った長ネギを取り出す時、ネギの緑色の方を天、白い根っこの方を地とした場合、大抵の場合天の口が開いているので、袋を逆さに持って、緑色の頭の先っちょを握り、ネギの表皮が湛える独特な質感でビニルが引っかからないよう、そろそろと引き抜いていく。すぽっ、と根っこの方まで抜ければ仕事完了だ。冬なのでネギが安いと言えば安く(西友は変わらない。どうなっているのか分からないが)、鍋は具材を切り味のつく何かを入れるだけで済む頭を使わなくて良い料理なので必需品、欠かせないオトモと貸しているのだが、ネギを包装から取り出すこの作業をするたびに、「今、なんか、伝説の勇者の剣を引き抜くみたいになっててかっこいいのかな……?」と考えてしまう。傍目から見れば、上体を変に傾斜させた人間がネギをなるたけスムーズに引き抜こうとしているだけなのだから、かっこよくもなんともない。なんなら、引き抜くのがネギであるという時点でかっこよさの担保は存在しない。よほどのアニメーション的表現を用いたハッタリでねぶたしないと、厨房のいちシーンでしかない。夏の一月間、お手伝いをしていたのだけれど、今になってそのお賃金が入り、口座に20万円弱増えた。わあい。お金がいっぱい、と一瞬思ったが、これだけあっても2ヶ月しか暮らせないし、人によっては1ヶ月も暮らせないだろう。ともかく、日銭というには多すぎる、忘れていた労働対価分が支払われた。どうせどんな使い方をしても、ほんの一瞬心が満たされるだけで、使った事も何に使ったのかもするりと忘れてしまうので、こんな金をドブにつながるコンベアに乗せて喜ぶような真似ではなくて、誰かが私より長く喜んでいられるようなものにお金を費やした方がいいんじゃないかと思い、任天堂Switchの値段を調べたら、本体ハードだけで3万円を軽く凌駕していて「あっ……」と萎縮した。もう、ああ、高いな、と思った。私より誰かを幸せにしようじゃない、みたいな思いが急速に萎んで、どっかの海に飛んで行って、多分夢の残滓を食べるカメの喉を詰まらせるのだと思う。こんなに高かったんだ。うわあ。クリスマスプレゼントで子供にねだられた親の8割くらいは「うわあ……」と思うに違いないし、思って欲しいと私の賎民根性が嘆願している。そしてソフト自体も6千円程度するようである。もう、なんというのか、最先端の娯楽にお金を費やすぞ、強い意志がないと楽しくないんだなと思った。お金はやっぱり、どんなにあってもいっぱいとは言えない。