他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

ばすかーゔぃる

夕方くらいになると、やっぱり身体と頭が重くなって、一休みしないと傾くようになっている。一体どうした事やら。室温がどうしても身体に馴染まず、立ったり起きたり、寝付けないまま、苦し紛れに窓を開けて外気に当たろうとしたら、か弱い音を立てて、蚊が一匹、寄り付いてきた。意図せずダジャレのようになってしまったが、羽音がしなかったのだ。こんな季節に蚊に食われては敵わんと思い、ものすごいスピードでスマホの充電ケーブルを引っこ抜き、アースベープノーマットを起動した。緑色の、畸形のザクの頭みたいな形で、起動ランプがついているかついていないかくらいしか様子の変化をうかがえないこれではあるが、炊くとたちまち虫の気配がどっか行くのだから、全く大したものである。結局、長い間落ち着く事はできなかった。そろそろ、明日くらいには、食料を買い出しに行かなければならない冷蔵庫事情になってきた。しばらく心の力が低迷気味だったので、外食やら何やらで晩飯が浮いていたため期間が空いたが、そろそろである。昨年比だと高くなっていると小耳に挟んだが、梨のシーズン真っ盛りでもあるだろう。梨って確か秋が旬で、そしてそろそろ秋よね? 季節のつなぎ目がシームレスというか、でこぼこで継ぎ接ぎな、火傷跡みたいな感じなので、道路標識の、こっから鳥取県です、みたいな一応の分かりやすさがない。前髪が目にチラチラ入るようになり、何よりも頭頂部のヘアーがわっさわっさと、そこだけ刺身のサクのようにつかめるようになってきたので、現金を銀行に入れついでに散髪に行った。残高がよく分からない流れになっていたので、通帳を持って行って記帳すればよかった。昼過ぎすぐくらいだったので、一人で待っていればよかった。待っている間、筒井康隆の狂気の沙汰も金次第を読んでいた。実に、何年振りだ、とても久しぶりに読み返すその文庫本は、たしか高校に上がったか上がらないくらいだったかの私の心を躍らせた当時と変わらず、強烈な刺激と魅力に満ちていて、原初の筒井体験は間違っていなかったという再発見とともに、これを面白く感じる私の感性も、死んでないらしくてよかったと胸を撫で下ろした。よかった。強烈なイメージで覚えていた、警官に目をカミソリで切られる話は、笑うなに入っている「傷ついたのは誰の心」だったのだが、冒頭から家に帰ると警官に妻をレイプされているし、目を切られるよりも他に随分とどぎつい話だった。

正六角形陣形フォークダンス

『奴隷のしつけ方』、読み終わった。ちょっとトリッキーなタイトルで釣って、ちゃらんぽらんな内容でした! みたいな事はなく、これがちくま文庫から出ているという事実に納得できる内容だった。というか、そもそも原著者がケンブリッジの人である時点で、そんな事はないだろうが。本章の後に続く解説部分を読むと、ああ、この人は欧米の古典学者だなあと思う。ある程度のバックグラウンドがないとそう思わないというか思えないというかだろうけれど、そうなのだ。それはそれとして、これはエンタメ書として読むよりは(帯の文句を読む限りではそれ以外には思い至れないのが惜しい)、一種の反省的哲学書として読むのがいいのではないか。奴隷をどう扱うべきか、奴隷はそもそも自由人とどう異なるのか、むしろ奴隷の方が優れているところもあるのではないか……。III章あたりから、勝手が分かってきてぐんと面白くなる。別に真面目に読まなくてもいいので、読んで損する事はないと言っておく。ケンソルとかコンスルとかディクタートルとか、テクニカルタームができるだけ目立たないようにされているのもよかった。そんな感じでした。次は何を読もうかしら。今日は、それ以外に、何かあったかしら。前の家で、ネット回線を引いているのか、外壁で工事をしていた。炊飯器の中に安置したバナナが、そこにあるからこそトースターの上に置いておいて熱されて過度に熟すという事がないのだが、しかしそこにあるからこそ、普段の行動視認範囲から外れて忘れてしまうわけで、ずいぶんとシュガースポットが浮いてきてしまった。明日の朝、食べよう。そうしよう。そうだ、3日かもう少し前か、THE TANSANという炭酸水を買ってきたのだった。炭酸水が好きな人は、これまで一人くらいしか出会った事がないのだが、欧米では水と同じくらいの扱いで炭酸水が売られているので、飲用としては普通なのだと思われる。で、それは、飲んでみたのだが、どうにも炭酸ガスの臭さというか匂いがきつくて、しかも強炭酸を謳っているくせにそこまでバチバチこない。キンキンに冷やしたファンタグレープかドクぺの方が炭酸かましてくると思うのだが。ぬるい水道水みたいな味がしたので、私はあまり好かなかった。そろそろ除湿機能を切ってもいい頃合いかと思われたが、なんとも言えず、窓を開けると微妙に暑く、除湿を切ると立ち所にむんむんした部屋の空気が気になってきて忙しかった。

水道橋にて渋滞

奴隷のしつけ方、結構面白い本ですね。どうやら、著者となっているローマ人っぽい人は、解説を担当しているケンブリッジ大学西洋古典学者がなりすましで書いたものであり、解説としてくっつけている部分で、こう言っている箇所にはどの古典作家のどの古典作品が典拠にあって〜という一種の読書案内をしているらしい。また、これはとっても重要な事だと思うのだけれど、「訳文が日本語として読みにくくない」。これは、もう、すんごい事なのだ。書店に行って、ルポとかなんとか、適当に横文字からの翻訳書籍を手に取ってみると、日本語のふりをしたグロテスクな羅列が延々と続いていて、そも文章を読むのがしんどくて頭に入ってこないものが掃いて捨てて掃いて捨てて、ドラえもんの「なんかないかなんかないか」と四次元ポケットからひみつ道具をぽんぽん取り出すあの勢いくらいある。その中で、引っかからずにさらさらと読める訳文というか日本語というのは、これは貴重だと私は思う。いい訳者の方を見つけたものですね。あんまり言うのもなんですが、編集者もっと仕事しろみたいなのはいっぱいあるんで……。はい。雨が降りそうな曇り空だったけれど、結局降らなかった。出がけに、湿気の欠片みたいなものにちょっと打たれはしたけれど、家から傘を持ってくればよかったなあなんて思ったりしたけれど、片手を宙ぶらりんに浮かせるだけにならなくてよかった。部屋に帰ったら、バナナの発酵した甘い匂いがぷんとした。そのくせ、カバンを置いてトイレに行ったら跡形もなくその匂いは消えた。そこそこ主張が強いくせに去るのは一瞬である。で、トイレだ。トイレ。ここ数日、完全に膀胱がバカになっていて、さっきトイレに行ったのに、またトイレに行くという事を、これはもう30分置きくらい、ひどい時には5分置きくらいで繰り返している。もともと頻尿気味なのでまあ理解できなくはないが、それにしてもちょっと、今までに比べて間隔が短すぎやしないかと、膀胱が生き急ぎすぎていやしないかと不安になる。だって、おしっこが終わったその瞬間から、残尿感どころではない、有尿感、まだ出るなという感覚があるのだ。一体、私の下半身上半分はどうしてしまった事だろう。水をばかすか飲んでいるわけでもない。以前と変わったところがあるかもしれないとすれば、お茶ではなく真水も飲むようになったというところだが、一日に真水が数百ml増えたところでおしっこの感覚がそれほどまでにひどく変わるかというとそうとは思えず、これは面妖な事だなあと思いつつも股を擦ってまたもじもじしているのである。

粘体拡張

無聊を慰めるために、本屋に行った。文庫の小説を2冊くらい買えればいいか、と思っていた。レジを通したら6冊あって会計が5000円だった。??? 本屋って怖いものだなと久しぶりに思った。あと、よく考えたら同人誌と値段の感触が一緒である。そう考えると、色々な側面があるにしても、薄い本って高いなと思った。会場で買えば安いのだけど。まあ。河合隼雄の何かを買おうと行ったはずなのに、探索の最初の10分くらいで完全に忘れていた。柳瀬尚紀米原万理の、読んだ事ないエッセイか何かないかしら〜、と思ったが、既読のものしか見つけられなかった。米原万理のエッセイ集は、引っ越しダンボールの「どれか」を引っ繰り返せば見つかるのは間違い無いのだが、15くらいある箱の「どれか」を探り当てるのは大変めんどくさい。当時のメモを見れば、多分「文庫」とラベリングしてあるそれのどこかなのだろうが……。斎藤環の生きのびるためのラカンも、読み直したいところではある。パッと見つけて、筒井康隆の笑うなと狂気の沙汰も金次第、これはキープした。どっちが先だったか忘れたが、私の性格がこんなになった、人格形成の重要なパーツである。オーウェル動物農場。これは、訳が開高健だったので買った。それだけである。ちくま文庫の奴隷のしつけ方、これは確か、イギリスに行った時、原著を本屋で立ち読みして誰かに買った覚えさえある。よく内容は覚えていないが、帯の「読んだ次の日から奴隷の態度が変わりました!(40代・貴族)」「私にも買える! と自信がつきました(20代・自作農)」というコピーが面白かったので、それに敬意を評して。あと、よく分からん場所に置いてあった、井上ひさしのなんかのミステリ。井上ひさしの作品は、エッセイ以外はよくよく触れた事がないので、いい機会かなと思って。目次から、癖を感じた。で、本棚の下の方を物色している時に見つけた、棟方志功の自伝、板極道。棟方志功は、版画家である。店頭では平野甲賀とごっちゃになっていたようだが、棟方志功は、なんというか、すげえ大御所である。すごい。自伝、あるんだ、と思った。やなせたかしの自伝は面白かった。こっちは、表紙がすでに手ずからの版画なので痺れる。なんか……。気を抜くといっぱい本を買ってしまうな。あと、どうしても文庫を買ってしまう。単行本も嫌いではないのだが、文庫の、片手で持って片手でページをペラペラできる感じが、好きなのだ。

どっきどき紫芋大作戦

洗濯物干そうかな〜、雨降るかな〜と思って干さなかった。雨は降らなかった。元気に晴れている時もあり、鼠色に曇って気配が怪しくなる時もあり、普通と言えば普通の天気だった。太陽が出ている時も、うんざりするほど暑いと感じるほどではなくなった。季節が順調に秋に向かっているという事かもしれない。セミの鳴き声ではなく、きりきりと擦り合わせるような虫の音が聞こえる。そろそろ秋なのかもしれない。セミの声は聞こえるだけで暑苦しいのに、秋に出没する虫は涼やかと言いたくなる音色をしている。その違いはなんだ。日曜日にMP(メンタルポイント)が削り切れてから、今日までまだ回復できていない。こう……。いつにも増してぼーっとしている。ぼーっとしているのが普段通りの状態なので、いつもと変わらないっちゃ変わらないのだが、深度が違うというか、ずぶずぶと沈み込むような、身動きを取るのがめんどくさくなるような精神状態から来るぼーっとなので、少々タチが悪いと言えるのやもしれん。文章を書く速度も、普段の半分以下くらいまで落ちている。もっと、適当にぱーっと書けたはずなのに。一文一文を、のろのろと繋いでいる。何かを読むのも疲れるな……。こういう時は、こう、武田砂鉄みたいなねちょねちょぐるぐるした文章が読みたくなるな……。わかりやすさの罪、明日時間作って読み直そうかな。一部だけでも。わかりやすさ、に漢字が使われてないのがいいのよね、この本は。タイトルの段階からポーズができているというか。一応iPadの、しかもProを持ってはいるけれど、PCの横に置いてAmazonプライムでなんか流そうかな〜と思ってトップページまで行ったら、Amazonアプリのインストールが必要です、とか出てきて、めんどくさくなって全然触ってない。2ヶ月に一回くらい、思い出したように充電はするけれど、それも自然放電で失われてしまう。なんかいい使い道ないかな〜。何をするにも、とりあえずアプリ入れなさ〜い! と要求されるので、その瞬間に冷めてしまう。ブラウザみたいに、何もなしでいい感じに動けばいいのに。本当に筆が進まんな。日曜日みたいに、疲れた無理です書けませ〜んとか適当な事抜かすほどに虚ろでもないし。明日、またカレー屋に行こうかな。美味かったし。ウォーターサーバーが水+氷で出て来るタイプで、2回注いだだけで氷が8割以上になるバランス設計だったのは気になったけど。

なべぶたの戦士

昨日は心が、鉛筆削りで削れないくらいにちびてしまったので、特に書かずにお休みした。寝るに寝られず、結局1時前くらいまで起きてはいたのだが。今日はぐだぐだした。も〜〜〜なんもやらんわ〜〜〜と思って、水を入れてレンチンし過ぎた餅みたいになっていた。昨日の夜、行こうとした店が閉まっていたのが悔しかったのでリベンジしに行った。だるいので早起きなんかせず、ぬるぬると起き、のんべんだらりとし、昼前までずるずるしてから行った。券売機システムは、小銭のやりとりやら何やらが無くて時勢に合っているし素晴らしいシステムだと思うのだが、店によってUIがまちまちで、このメニューを食べたいです、ぽち、と一回で終わるならいいのだけれど、まあ大盛りハーフ特盛あたりまで選べるのも譲るとして、そこからサイドメニューとかオプションとかが出てきて全然終わらないと困る。少なくともメニュー分の1回は押して画面が遷移しているから、後ろに人が並んでいてもお先にどうぞとはいかないし、初めて行く店だと情報量が多過ぎてどこから目をつけていいのか分からなくなる。功罪それぞれが大きいなと思う。食べたのはカレー。なんかよく分からん名前の何かがついたカレー。千円くらいした。高い! でも、昨日の夜、後ろに延び過ぎたから晩飯代としていくらかもらっていたので、私の腹が痛むわけではない。くちくなるだけである。カレーを食いに行くと、チーズをつけるとだいたい美味くなる。ああいうカレーは、なんというのだろう。後ろに座った、4月に大学生になったばかりと思われる2人組が、大学の現状に対して色々不平不満を言っていた。1年生なんか特に、そういうのを感じるだろうな。カレーが来た。カレー自体の片手鍋みたいなやつ、それにライスとかオプションのサラダとか何かがついたでかい丸皿の2つ。どう食えばいいのか分からない。カレーをライスにぶちまけるのがいいのか、ライスを適量スプーンに掬ってからカレーにか浸しに行くのがいいのか、カレーを適量掬ってライスにかけに行くのがいいのか。個人的にはいつも2番目を採用しているのだが、右隣に座った若いスーツのにいちゃんも、後ろの大学フレッシュマン2人組も、どうこのシステムに立ち向かえばいいのか困惑しているようだった。右隣は、私のメソッドを採用していたが、最後の方で自分の法を見つけていた。濃くて、味わい深い、いいカレーだった。チーズが全然切れなくてぷるぷるしたのは内緒である。かなり好みだったし、また行こうかなと思う。

しらすスナイパー

今日は! 疲れたので! 疲れたので! 書きません! 身体を大切にしていきたいと思います! 帰路で、「帰るんならライン交換してから帰りなよ」と、ライン交換しないお前が悪いみたいな事言いながら女の子にまとわりつく男がいて、現実ってすげえなと思いました! 以上です! 現実ってすげえな!!!

茶渋の月の満ち欠け

戸棚の下に残っていたトッポギを食べた。餅である。もちもちした感じではなくぶちぶちした感じなので、餅の餅らしさというのはそれなりの餅にならなければ感じられないという事かもしれないし、昔から年末か正月には祖母がもち米から餅を作ってくれていたので、舌が肥えているという事なのかもしれない。同梱のソース粉末はあまり美味しくなかったので、レトルトのビーフカレーに突っ込んで食べた。だいたい、ビーフカレーを食べるのと同じである。今日は買い物に行って食料を足さないと、各所ガタが来そうだったのだが、ものすげえ雨が降るかもしれないと聞いていたので、一日中ビビって引っ込んでいたので叶わなかった。恐れていたほどの雨も降らなかったので、どこかでエイヤッと行ってしまえばよかったなと思っている。空調をつけると微妙に寒いし、かと言って止めると微妙に暑いし、難しい日だ。明日は朝から一日中、夜まで拘束されっぱなしなのが確定しているので、今から微妙な心持ちである。床の抜け毛がたいへん気になるのではあるが、明日が済むまでは気力が回復する気がしない。廊下に置いたままで、大家さんに見られると恥ずかしいので一回室内に持ち込んで再度元の場所に戻したカラーボックス書棚も、どこかでカタをつけたい。いつまでも言ってるな? 絶妙な間食として、バナナが望ましいのだが、今はない。バナナとか、梨とか、何かしらの菓子とか、そのへんの中間食が軒並みストック切れしていて、眠いので食べて誤魔化すという方法が使えない。眠い時は身体が負けてしまう。今は気軽に図書館に行けないし。本屋に行って、また何冊か小説を衝動買いして来たいところではあるが、最近紙の本の質量に、ちょっとばかし恐れをなしてきたところでもある。これ以上増えると……。見て見ぬ振りをして押入れに突っ込むのは簡単だが、押入れの中には着実に質量が堆積している。それを考えると、ただでさえ重い尻が、どんどん身動きを取りづらくなるのではないかと思ってしまう。それ以外にも、いろいろ考える事はありますけどね。どうしようもないというか、なんというか、方策の端緒さえ思いつかないような、いろいろがね。結局、4月くらいに触り始めてから、FGOは続けて遊んでいます。なんだろうな。PvPがない、ひとりでちまちまやって、自分にだけ見える範囲で手持ちのキャラが育っていくみたいな、箱庭感がすごく落ち着く。プリコネもPvPがなければよかったのにな、と思う。はい。

包装紙ひっつかんで破る派

どうにも元気が振るわなくて、ゴミを捨て損ねたりした。全然意識していなかったが、やはり工事の音がないだけで随分と主観的環境評価は向上する。今日、やっと日記を書く瞬間に覚えていたので書けるが、4月か5月か、もしかしたらもう少し前に買った、チャーハンに入れる用の焼豚、の瓶詰めを買っていた。ちっちゃく細切れになっていて(同語反復だな)、焼豚らしい焼豚を用意するのってめんどくさいし割高なので、存外いいかもしれんと考えて買ったものだったのだが、流し下に収納したっきり、米を食べなくなったのもあって忘れ去ってしまい、ついこの前まで放りっぱなしになっていたのだった。蓋にあるどっちかの期限は8月3日、とうの昔に過ぎ去っていた。瓶詰めがなぜ瓶詰めなのかというと、保存性を向上させるためだろ、大丈夫大丈夫とこじつけて、油で炒めてパンのおともにしてみた。舌がもげた。時間が経った事でダメになっていたわけではない。普通の味だったし、白いふわふわや正体不明のねばねばが湧いているわけでもなかった。ただ、ひたすらにしょっぱかった。舌がウルトラCの3回転半ひねりを披露してマットに着地するくらいに。料理下手なヒロインが塩と砂糖を取り違えて入れた時の料理とはきっとこんな味がするのだろうというくらいに、塩分の加減が振り切れていた。こんなもん食ったら病気になると思った。数ヶ月戸棚に放置された事で水分が飛び、結果的に塩分が凝縮されたのやもしれなかったが、それにしてもひどい。姑に食わせたら、私を殺そうとしているのかしらと嫌味を言われる事必至だ。二郎系のカラメに肩を並べられるのではないか。アウト・オブ・デイトな事は分かっていたが、食おうと思えば食える事も分かってしまったので、なんとか使い切ろうと、卵と一緒に炒めたり、最後に酢をぶちまけて酸味でなかった事にしようとした。健康と引き換えに、コンシュームできた気がする。食べるのが辛い食べ物は久しぶりだった。オイル漬けの唐辛子も、調味料としては好きなのだが、その後のおトイレで微妙に粘膜に沁みるので難しい。あれは味をつけるものではなく、風味雰囲気をまとわせるもの、とした方がいいのかもしれない。一瞬すごい通り雨があった。もう一回くらい、天気が崩れたかもしれない。なんかこう……。自分で作る料理にピンとこない期に入った気がする。飯作るのがめんどくさい。しばらく買い物に行ってないし。うーん参った。

移動式とんど祭り

女性上位の同人音声だと、射精欲に負けてカウントダウン前に出したり、カウントダウンに本能的に従って忠実に出してしまったり(という体のもの)が多いのだが、最後まで負け切りたい、負けたまま完走するのであれば、一旦の射精というゴールはよいのだが、そこでいっぱい出たりいつまでも出たり3回目なのにすごい出たりするのは、なんか違うんじゃないかとずっと思っていた。モデルとしてある男らしさからの逸脱、相違で気持ちよくなるのであれば、射精欲の波が一番高くないところ、波頭を外した、欲求の解放に適していないところで射精を迎えさせられ、ちょろっとしか、小指の爪くらいしか出ない方がいいのではないかと、昨日くらいに気付いた。記憶の限りでは、だいたい射精に至ると、どびゅるるるっとかぴゅっぴゅっとか、そんな感じのSEが入る(音声作品はだいたいSEの親和性が低くて好みではない)けれども、そこで大した音を鳴らさず、えっ、もう終わり? これだけ? とか言われた方が、そういうのが好きな人には効くのではないかと思うが、どうなのだろう。男性性の発現を諦めきれていない気がして、中途半端だと感じてしまう。そこは、綺麗さっぱり捨て去ってしまってほしい。大家さんが昼前に来た。工事が終わって、地鎮祭もつつがなく執り行われたとの事で、迷惑かけたから、と赤飯のお弁当を持って来てくれた。帰りに大家さん側の道路に回って見てみたが、ちっちゃいビルやら車庫になっていたルーフやら、全部なくなって均されていた。大家さんの玄関前って、こんなに広かったんだと思った。車があったり物置があったり、鉢植えがあったりで、かなり狭く見えていたらしい。ルームインテリアと一緒だ。で、さっきまで、晩御飯にその赤飯弁当をいただいていた。赤飯にはごま塩がついてくる。塩は、豆の甘さを引き立てるための、スイカに塩みたいなものなのだろう、きっと。底の浅い、擬似パイン材の板みたいな弁当箱は、非日常という感じがする。ちょっといいやつなのだと思う。私が普段リーチするのは、ちょっといいやつ未満のものだ。たまにこういうのを見ると、世界にはレイヤーが存在するのだと再確認できる。おかずの方には、煮染めとか卵焼きとか色々入っていた。白い、なにかの汁が凝ったように見えたのは白豆だった。このおかずの方が、ま〜〜〜〜〜しょっぱいし甘い。毎秒しょっぱいと甘いが交流で流れ込んでくる。舌がバカになるかと思った。生姜の煮染めが、味はめちゃくちゃに濃いけれども箸休めにはなった。一番よかったのは味の薄い鯖でした。

目頭で茶が沸きそうです

Amazonプライムを放浪していたところ、目についたのでBLEACHのアニメを観始めた。漫画の方は、読んだ事がない。というか、週刊漫画誌を買うという経験がないままここまで来てしまった。ジャンプもサンデーもマガジンもエトセトラエトセトラ、自分で買った事がない。コロコロコミックくらいは買った事があると思うが。次のステップには行かなかった。ついでに言うと月刊誌も買わなかったが。ドラゴンエイジは買った事あるかもしれん。メジャーな漫画誌に、リアルタイムで体験に参入するという事を終ぞしなかった。毎週ぶちぶちやられては集中できないので、一気にまとめて読みたいというので昔から単行本派だからかもしれない。しかし、どっかの指を折ったか、気胸をやらかしたかで、タクシーに乗せられ訪れた病院の待合室のジャンプにめだかボックスの読み切りが載っていなければ、その後の週刊連載が始まった時に絶対追わなかっただろう事を考えると、刹那的ゆえの出会いの場としての価値はあるに違いない。今の連載作家にどういう誰がいるのか、さっぱり知らないし。ともかく、BLEACHのアニメを観ているわけである。中高の美術陶芸部で大ファンだった先輩が少なくない。生徒会の一存シリーズのせいで、ひたすら無言で後ろに回り込まれ続けるというイメージがある。一話を観て、ルキアの声を聞いた瞬間、「きゅ、九ちゃん!!!!」と思った。銀魂柳生九兵衛とCVが一緒である。ちゃんとしてるかと思ったら意外とポンコツなところそっくりだな??? しばらく観続けて、ところどころ、すげえ居心地の悪い、何と言えばいいのか分からないが、よくないアニメのテンポの悪さというか、つまづき感があるなあと思った。話は面白いはずなのだが、もちゃっと、なんかこう、もっと滑らかにいけるでしょと思うところがある。バトルシーンのもどかしさとかね? それを考えると、ufotableのアニメってすげえなと思う。アニメとして不快感がないというか、アニメの気持ちいい部分しか持ってないんじゃないかという感じがする。去年くらいまではスタジオの違いでこんなにアニメに違いが出るとは知らなかったはずなのに、なんでかな。やっぱり春にFate観てしまったせいか……。罪だな……。気力がほとんど底をついたまま、残念ながら回復の兆しを見せなかったので、久しぶりに近くのラーメン屋でまぜそばを食べた。ラーメン屋だが、あそこはまぜそばが一番うまい。

死守と報復のアッパーカット

すごい眠く、すごい頭が重い。明日はやらなならん事が発生してしまったので、頭の中で用事のかけらがダンスしながら眠りにつく事になった。なんだか眠い。外が暑かった。そろそろ9月が熟してくるので、季節を明け渡してもいいような気がするが、なかなかどうして、夏のぶりんぶりんした空気は引かない。ぎらぎらしていたかと思えば曇って通り雨が来るかと思わせ、別にそんな事はなく元通りになったりする。いや、今日は外を見ている余裕がなかったから、もしかするとそうではなかったかもしれん。部屋の空気が淀んでて気持ち悪いな……。淀んでいるのは頭の中の水かもしれん。マックで月見バーガーシリーズが登場している。人生で食った事が一回もない。多分ない。月見バーガー系は人生でそこそこのフックになりうると思うので、なんとか思い出そうとするが、結局ひとつも検索結果が得られないので、食べた事がないという結論が妥当だと思う。食べた事ありません。別にそれがどう、とかではなくて。一年の中で、ちょうど生命力が低下する時期と、ラインナップに月見バーガーファミリーが登場する時期とが、よくない被り方をしているのではなかろうか。今年はその事実に意識的なので、食べるかもしれないし食べないかもしれない。そんな、マクドナルドに対して高い忠誠心というのか信頼というのか、を持ち合わせているわけでもないからにゃー。これは意識しているわけでもなんでもないのに、語尾がたまに「にゃー」になって、偉い人の前でもやりそうになるので怖い。なんでそういう事言っちゃいそうになるのかにゃー。犬か猫かで言われれば猫の方が好きだけど、そもそも動物がさして好きではない。いっぱい洗濯物があったので、洗濯機が上手く動作するか不安だった。普段なら30分もかからずに終わるところ、1時間かそこら、ずっとうぃんうぃんしていた。一回エラーを吐いて止まった。内容物がキャパシティを越えるとよくある事だが、すすぎ→脱水の工程が上手くいかずに、このどちらかを永遠にループしているようだ。すすぎを1回ではなく2回にすると、乾いた時の嫌な匂いがなくなるよ〜的なライフハックを見た気がするが、本当なのかしら。今日は何回すすいだか分かんねえぞ。今日は、ちょっとだるいし疲れたね! と思って、前から行こうかなと思っては、行った事ない店だからちょっと恥ずかしいなもじもじ……を繰り返していた店に行った。つけ麺を食うたびに、せめてあつもりならこいつの事を許せるのに、と思う。もしも私が神様になる事があったら、この世から割りスープという微妙なパーツを取り除きたい。

透過png

一日中、降ったり止んだり、晴れたり曇ったり忙しい空模様だった。晴れてるから大丈夫かと思って、郵便局に行ったりスーパーに行ったりしたら、帰りで空の様子がウルトラQのOPくらいぐにゃぐにゃと変化して、垂れてこぼれるだけに見えた様子が一瞬にして水道栓全開のシャワーみたくなった。ざー、とか、ざばー、とか、もはや擬音で表せる振り様ではない。雨が走るようだった。白く蹴立てた跡が、向こうの方まで走り去っていく、あの様子はまさに。傘なんてほとんど意味をなさず、下半身はびっちゃんこになり、抱えていたカバンは大変なことになり、一本物の骨組みがちゃんとした傘でなければ吹き飛んでいたであろう突風もままあった。そこここの軒下に雨宿りする人がいて、傘を持っていようが持っていまいが例外ではなかったが、早く帰りたかったし、雨が走る様子を足並みを揃えて見ていたいなと思って気にせず歩いた。濡れても構わなければ、大雨の中を歩くのは好きである。足元が、本日はゴムのつっかけだったので、そこは少し残念だったが、これはこれで童心に帰った気がして悪くないものである。一瞬晴れたからといって、洗濯物を干して出てこずに本当によかったと思った。直前に、郵便局へ大量のダンボールを持ち込み、受け切れる容量を超過していたので、台車で持って帰っている人が、吹きっ晒しで雨に濡れているのを見た。ダンボールが濡れみずくになって、抜けてしまわないか心配だった。雪見だいふくの見慣れない味が安かったので買った。雪見だいふくは、カントリーマアムと同じくらいちっちゃくなってしまった。ドラえもん型の入れ物がもらえるキャンペーンか何かのCMがあったなとぼんやり覚えているのだが、あれは何年くらいの話だ。一番古い家に住んでいた時くらいの記憶かもしれない。あの家は、物心つくかつかないかくらいの頃に越してしまったから、ぼんやりと、真かどうか定かでない記憶の断片しか残っていないのだけど、今、思い出そうとしてみると、父方のひいじいちゃん、今は父方の祖父の家から見える景色と、ほとんど同じ眺めが前に広がっていたのだと気付いた。山肌が目の前に広がって、森の切れ端がちょこんと上に乗っているような。昔の話は、父母の中が最悪オブ最悪なので聞くに聞けないのだが、もしかすると、そこまで袂を分かっていなかった頃、親父の希望で、あそこの家に決まったのかもしれない。じいちゃんっ子だったらしいし。妙な事を思い出したな。

低俗な猫型ロボット

はてなのトップページの仕様が変わって、それぞれのカテゴリに移動しづらくなりましたね……。なんで変えたんだろう。UIって結構重要なポイントだと思うんだけどなあ!!! 晴れているのに雨がぽつぽつ降る、変な天気だった。太陽が出ているし、青空だし、ちょっと肌がじりじりするくらいなのに、傘を差そうか差すまいか迷うくらいの絶妙な雨が垂れていた。ついでに夜になった今は、突然瀑布みたいな雨が降り始めた。壁を沿っている排水管が、轟々と音を立てているのが聞こえてくる。いくら台風がこちらにかすりもしていなくても、煽りくらいは受けるものなのだろうか。ごろごろ肉のビーフカレーみたいなやつが朝ごはんだったが、パッケージに印刷されているごろごろと、実際に皿に出してみた時のごろごろとでは、6倍くらいの開きがあった。そもそも、実際の肉とイメージの肉とで二周りくらいのサイズ差があり、納得いかね〜と思いながら食べた。プチトマトが美味い。トレーで300円くらいだったように記憶しているが、ハズレの変に硬くていやな酸っぱさがあるやつを除けば、ぼーっとしながらつまむにはちょうどいい甘さと味と、腹に溜まる感じがある。そろそろ旬も終わろうかという時に気付くのは勿体無い気もするが、旬が過ぎて安売りワゴンに乗るくらいがちょうどいいとも思うので、何とも言えない。免許証を持っていないので最強のIDがパスポートなのだが、それを長らく紛失していた。着々とカオスと化していく机横の棚のどこかに埋没しているのはほぼほぼ確かだったので、重い腰を2ミリくらい上げて、明らかに不要なものを選り分けていたら、そういえば棚の真下に失効済みパスポートが落ちているのを思い出した。パスポートってどうやって捨てればいいんだっけな〜と考えながら拾い上げると、失効していなかった。??? VOIDではなく、EXPIREDの穴も空いていなかった。あれ? これ、新しい方だったんだっけ? 数ヶ月続いた悩みは、しょうもない理由の勘違いがほぐれると一瞬で解消した。明日書類をまた郵便局に持っていきますので。人が食べてるのを見て触発されたので、すた丼に油すた丼を食べに行った。ポスターに「ごってり」と書かれているのが強烈な、強烈なやつである。こってりではない。ごってりである。いっぱいの、目に見えるくらいざっくりカットのニンニクと、てかてかぷるぷるした粗挽き豚バラと、アホみたいに濃いタレのかかった、バカみたいだがそれゆえにすげえ美味かった。これに唐揚げを3つ追加で乗せたり、上の具がいっぱいになるやつもあるらしい。すた丼の、そういう、低俗なドラえもんみたいなところが好きだ。

穴と頭の直径

特に何もしなかった。なんか暑いな、という意識と、床から伝わる振動で目覚めた。工事は今日も賑やかだった。目が覚めた時は、ずががががといういつものドリルか何かの音と、耳新しい、チェーンソーで硬いものを押し切るような高い音だった。チェーンソーっぽい方は、かなり耳障りである。ついでに、ショベルカーで何かを掘り起こしているのか、地面がぐずぐずと揺れる時がある。地面に対して欲情してんじゃねえぞショベルカーこの野郎と思うほどに。平気な方だと思っていたが、これはなかなかどうして、数週間に渡って工事の騒音が続くと精神的に参ってくるものがある。必要な事ではあるだろうから、それは理解できるのだが、生物としての基底がそれを拒んでいる。それを理解する自分を俯瞰する自分もいるので、なんかこう色々と思う事がある。昨日はよく寝られなかった。だから、なんか明るくなってきたかしらと思うあたりで意識が落ちて、工事の音で目覚めたのだろうが。昨日の晩、目障りになってきたオブジェを解体して、中に入っていたクッキーを貪り食った。外見の割に、貪り食ったと言えるほどの量は入っていなかったけれど、なんだか風味がさっぱり感じられないし、ただただ口の中の水分を持っていくだけだし、長所を全部無くしたサーターアンダギーみたいだったので、外装の賞味期限を見ると3月だった。なるほどなるほど。それは、まあ、そうだろうね。去年の年末あたりに買ったもんだからね。さすがに翌年が四半期も3回を過ぎようという頃に食べるものではなかったよね。すげえ美味しくなかったが、しかし残す理由もないし、しかし積極的に食べる理由もないし、ものすごくしょうもない、大した事ない板挟みでいらん精神を消耗した。ついでに、イングリッシュマフィンは賞味期限が2日で切れているのだが、あと3つ残っている。あれは期限を過ぎるとたちまち食感に影響が出るから、いやに素直な食べ物だなと思う。天気は晴れだったのではないか。夕方くらいになって、やっぱり身体がだるくなって、生命活動を拒否したあたりで、窓の外が眩しいなと思ったから。酢がおいしいというか、酸味が刺激として感じられてなんだか逸脱した感じがするので、だいたい何にでも入れていたら、かなりのペースで減ってきた。原液のカルピスを消費する時と同じくらいなのではないか。人生で、原液のカルピスを手ずから割るという経験には恵まれなかったので、この妄想は憶測に過ぎないが。