他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

化繊びちょびちょ

屋内清掃か、壁面清掃かをしている家の外に、水圧洗浄機的なもののタンクが置いてあった。そこから水がじょばじょば排泄されていて、コンクリだかモルタルだか敷きの敷地がびちゃびちゃだった。その排水方法が面白くて、タンクから排水ノズルが出て、本来はそこから水がばっちゃばっちゃと奔流してくる仕様なのだろうけれど、そのノズル出口に雑巾が巻いてあって、結果として、雑巾に水が染み、含みきれなくなった水が静かにとろとろと地面を這うという、へんてこな光景になっていた。排水口に何の細工もせず、ただあるがままに流水落下を許せば、びったびったと飛沫を散らし、通行人にスプラッシュしていたかもしれないが、雑巾一枚で巻くだけで、事象の顕現が全然違うのだな、と思った。あの光景を見てそこまで思うか? でも思った。賢いな、と。今日は外に出る用事があったので外に出たが、やはり、家から出る事で、多少メンタルがマシになるというか、文章を書く事について抵抗が少ない。用事に感謝を言わなければいけない。今は、電車の中で読む手頃な本が切れているから、ウォークマンで音楽を聴きながら過ごした。このウォークマンは、2012年だか2013年だかあたりのモデルなのだが、なお健在で現役であり続けている。私は単機能特化型の物事が好きなので、音楽しか聴けない、聴かない(ラジオは聴かない)装置として、かなり愛着がある。メインPCがMacになってしまったので、一年に一、二回ほど、新しいCDのでデータを入れようとする時は、古いWindows機を引っ張り出して、起動から操作可能まで20分くらいかかる時間を過ごしたりしているが、あのデータもどうにかした方が本当はいいのだろうな。起きても、まだ雨が降っていた。家の中にいる分には分からなかったが、空気がびっくりするくらいちべたかった。外に出たくなかった。雨に対していいところを見つけようとする気持ちを湧かせてみると、ハンズで買っためちゃでかい傘を使える、という一点はあるかもしれない。作りがぶっとくて、直径がでかいので、おおよそ濡れないし、色がいい。あれを使うと、雨の中で一等優れた位置にいる気がする。あれは、年に数える程しかない、いい買い物だったと思う。帰りにバーガーキングに寄って、今度は大丈夫かな、と期待してハンバーガーを買って帰ったのだが、やっぱりダメで、中身がギャグかと思うほど冷たかった。冷たいというか、あれは、温度がない、と言うのが正しいのかもしれないが。あれは、この世のバグの一つだと思う。

偽説

起きた瞬間に雨音が聞こえたので、テンションが下がる音がした。「ドゥーン↓↓↓」という感じの。デバフ系のあれが効果を発揮した時のそれが。そのまま一日も一日、一日中ずっと、ほとんど勢いも変わらず、だらだらだばだば降り続けて、洗濯物を干す予定だったのにしっちゃかめっちゃかになってしまった。明日も降り続けるのだろうか。めんどくさいので天気予報などはチェケラしていないから、明日起きてからどんな音が鳴っているかどうかで決める。決めるというか、コース自体は決まっているので、プランAを取るかプランBを取るか、分かれ道でどれを進むか、程度の自由度を持った話でしかないのだが。とにかく、グラフの起点がゼロから始まって、終始自然数になるかならないかくらいのところを弱々しいパルスがふらついて足をもたつかせるような日になった。家の中で、合計、百歩は歩いているだろうが、千歩も歩いていないのではないだろうか。椅子に生えた、人の形をした、無駄電力を消費し、二酸化炭素をむやみに増やすだけの、粗大機構のような存在様式だった。プリンカップのそこに残ったカラメルの方が、まだ有用なくらいだった気がする。つまり、それくらい中身のある事をなんもしていなかったわけで、頭の中で生命活動が繰り広げられるわけでもなかったため、書く事がないので、とてもしんどくなってきた。水を水で薄めたところで、結局終着点は水で、変わらないので、意味がないのよね。意識が東奔西走してダメなのでやめよう。調子がよくない。

草履ステップダンス

古戦場が終わった。よかった。7万位ボーダーと最終貢献度が1200万くらいしか変わらなかったので、何回かFA自発をさぼっていたら危険だった。今日は、調子がよくなかった。今日も、なのだっけ。昨日どんな事を書いたのか覚えていない。覚えてないな。調子が悪いと書いた事は覚えているが。今日より前の、や、今日の事でも見事に忘れていたりするからあれなのだけど、出来事を記憶に留めていられないのは、今に始まった事ではなく、向こうの人生ずっと背負っていく宿痾みたいなものだろうから、別にいいのだが。よくはないが。ひとつ、用事をすっぽかしたし。損傷はないので別にいいのだが。よくはないが。気分が優れず、雨が降りそうもないが太陽を覆い隠して暗くなった時みたいな心象風景になると、薬物をやる人の気持ちが、想像ではあるが、分かる気もする。スカッとするとか、気分が晴れるとか、そういう、安易で安直な方法で、このねばねばじめじめして、やけに指に残る、郵便物の糊みたいな、入り口も出口もなかった空間からパッとできるのであれば、一回くらいは、外の風景を見てみたいような気もする。私は、自分を直視するとおかしくなりそうだ。なので、小説を読んだりゲームをして、自己からの切り離しに余念がない。一度でもやると、空間が縮んで、前よりもひどい事になりそうなのでやらないが。マイナス一万歳と、マイナス一万一歳の違いみたいなものかもしれないが。これはなんだっけ、ラーメンズの「study」のあれのあれだ。小林賢太郎的なものも、2、3日観ていないので、これは、後から振り返って分かるいつものやつかもしれないが、また心象風景が工事現場になって、ちょっと変わっている最中なのかもしれない。確定的な事を言わないやつだな。もっとはっきり物を言え。言えたらこんな事してないので、そういう事を言ってくるやつとは関わらないようにするのがやはり正解なのでしょうね。立場を勘定に入れずにする人間的内容物の交歓は、ゆとりというか余白というか、確定的なところのない、ゼラチンでかろうじて形をとどめている水の塊みたいな状態にあるのがいいと思うので、感触を伴うアクションを必要とする人は、ちょっと。はい。食べる飯も、なんだか画一的な感じがしてきたし、近々一回、でかい沈みの波がくるかもしれないな。やだな。沈みの波ってなんだ。あれだ。やだな。眉の上の方に、髪のめさっとした質量が感じられるようになって来たので、散髪の時期かもしれない。

骨肉

今日はあんまり調子がよくないので、ちょびっと書いて終わりにします。明日は、まともな飯を作って、食べたい。何かやった覚えがあるのだが、それが何だったのか忘れてしまった。なんだったっけ。家を出る前に、絶対必要なもの2つを準備して、よし、これで完璧だな! と思って家を出て、着いたら、カバンの中にどっちもなくて、必要度小の、なんとも言えないそれだけがあった。これからこれを入れよう、でもその前にPCを入れよう、と思って、椅子に別置して、そのまま忘れていたらしい。阿呆め。片方に至っては、入れたと完全に思っていたのに、布団の方にあって、見当違い甚だしかった。一体その自信はどこから来たものなのだ、と自分に問いたかった。「あんちょこ」はスタンダードなボキャブラリであるかどうか、という話をしたが、知らない人もいるらしかった。語彙レベルの個人差は、かなり難しい問題だと思う。

白亜紀

ゴミ捨てがタスクリストにある事を完全に忘れていた。玄関という、ほぼ常に座している机と椅子から見えない位置にあるものは、頭からぽろっと抜け落ちてしまう。今回は、適当に投げた位置が悪くて、外に出る時、絶妙に邪魔になる位置でゴミ袋が横たわっている。邪魔だ。邪魔だが、だからと言って何をするわけでもない。近くにほっぽり出されているなんかの書類も、明日か明後日が締め切りだった気がするので、出さなくてはいけませんね。ふふ。米がほとんどなくなったので、そろそろどうしようか考えなければいけない時期が来た。実家の方面から送ると送料もバカにならないので、こっちで買ったりできんのか、とかいう話を帰省中にした。米はスーパーで帰るが、玄米10キロくらいになると、どこで買うのが都合がよろしいだろうか。かなり前に住んでいた地域は、駅の近くに米屋があったので(米屋も絶滅危惧種かもしれない)、そこでお話をすれば毎月のあれもなんとかなったかもしれない。今は、周りを見回しても、周りを超えて爪先立ちで見ようとしてみても、それらしい店を見た覚えがないので、これはこれでどうにかする必要がありそうだ。どうなのだろう、農協経由でいい感じにできたりするのだろうか。洗濯物を干したが、多分まだ乾いていない。今日も寒かった。窓からしんしんと、染み入るような寒さがこちらを向いていた。日本酒のビンとか、買い物帰りに飲んだアップルティーのペットボトルとか、捨てなければいけない。アップルティーは、美味しかったし決してまずくはなかったのだけども、そもそもアップルティーってこういうものなの? と思っていた。喫茶店に全くと言っていいほど行かないので(書き忘れていたが、帰省最後の日、コメダ珈琲に行って人生初のシロノワールと、人生初のコメダでのコーヒーを食していた。コメダでは味噌カツサンドしか食った事がなかったので。シロノワールは、すげえ美味かったのだが、食べている最中に、こんなに罪深い食べ物がこの世に存在していいのかどうか思い悩み、頭が痛くなるくらい甘くてそれはそれですごい体験だった)、しかしメニューの隅っこにアップルティーがある事もあるよな、程度の認識だった。りんごジュースを水で薄めて、風味を紅茶に寄せたような、なんともこう、輪郭が曖昧でパッとしなかった。これなら、QOOのアップルでも、ミニッツメイドでも、飲めばよくない??? と思った。

名誉かき氷

ゴミ箱にゴミを押し込む事にいい加減限界を感じたため、新しいゴミ袋にした。ゴミの半分くらい、は言い過ぎかもしれないにしても、言い過ぎではない可能性もちょびっとだけあって、鼻かんだティッシュだった。ずっと、鼻が、暴れて仕方がない。鼻も暴れたくて暴れているわけではないだろうから、私も鼻の穴を三角にして怒ったりはしないのだが。換気も重要なのであるが、今日の外気は、特に殺意が高かった。風の勢いもあるし、触れたところから千切っていってやろう、みたいな、攻撃力を感じた。耳当てが欲しくなった。人生で、2週間かそこら、所持していた事はあるのだけれど、高校の廊下でぽろっと落とし、生徒指導室の落し物ショウケースに移管され、生徒指導の先生がどうにも好きになれなかったため受け取りにいかず、所有権放棄気味となり、高校を卒業して3年後だかくらいに見かけたらまだ置いてあったりしたはずだ。アイテムとしては、一番びしびし響く部位を守ってくれるので、安心感はすごい。私が防寒具を、上に羽織るパーカーと、せいぜいマフラー程度に留めているのは、手袋やら耳当てやら帽子やらが、室内に入ると持て余すからだ。カバンに入れるなりなんなりしてそれらの所在を見つけてやらなければいけないわけだが、それがどうにも面倒臭い。最近、眠りにつく時も、眠りから覚める時も、また泥のようになった。ドベ(粘土を水で溶いたやつ)くらいまでは回復していたのだが、一気に途端にぐちょぐちょになってしまった。硬度を取り戻すのは難しい。やり方が分からないので、自然に任せて、乱数や偶然に頼っているだけだが。柔らかくなるのは簡単だ。今日、洗濯物を干しておけばよかった。明日だと、量がちょっと多いので具合が悪い。まあいいか。年が明けてから、さすがに1月も中旬を通り過ぎた後にこんな言葉を使うとアホっぽいが、初めて近所のラーメン屋に行った。行こう行こうと思って、結局行っていなかった。魂がどんどん、身体の内側にきりきりとねじり込んできて、外に出る気が失われてしまうのがいけない。本質的に持つ器質にどうこうされると、こう、こちらとしてはできる事がないのだけど。冷蔵庫の中で作っているお茶も、そろそろパックを引っこ抜かないと、3日目くらいの入浴であるからして、濃くなったり変な匂いが出たりしてよろしくない。ラーメン屋に行ったんだった。カスみたいなニュースが流れていた。チャーハンを食ったら、やっぱりなんだか、チャーハンという方向を向いた何かだな、と思った。

puis

今日の晩御飯は、生姜をしこたま入れた、野菜たっぷり中華風うどんだった。飲食店のメニューみたいに、バチっと説明できるものでは、自分が作って食う飯はないと思う。ある、それを指すのに適したカテゴリ的名詞があったとして、まさにそれ、的中してそれ、かどうかは分からない。なので、いちいちをくどくど説明した、散文的なお名前になる。生姜は、料理に入れるたびに思うのだが、まとまった塊を、それと認識した上で量を食べるものではない。風味と、ちょっとだけ入っているからこそ許される、あのぞわっとする、ばちっとくる感覚。お、生姜が安い、と思って買ってきたが、生姜というのは、膨張していない時の陰茎陰嚢セットくらいの大きさしかなくても、一回一回に消費される量がわずかなので、一人でしか飯を作らないとなくならない。広い面で切り出すとして、一人だと、一枚でも十分だし、二枚でも、細切りにして考えるとちょっと多いかなと思う。今日は、それを5枚くらい使ったわけだから、しこたま入れたとの言辞に嘘がない事が分かるだろうか。大根、いいな、と思っても、一人で大根一本を使い切るのは、無理くりみぞれ鍋でも仕立て上げないと到底無理なので、家に、飯を食うだけの人間を一人、飼いたいなと考えた。材料費くらいもらえばいいので。これいいな、と思った食べ物から目線を切るのは、なんだか勿体無い気がする。豚の生姜焼きとは言うが、鶏とか牛にも生姜焼きはあるのだろうか。見た覚えも聞いた覚えもない。やりようとしては近い、それらしいものは世の中に存在するのだろうけれど。でも、豚以外、積極的に生姜焼きにしてやろう! というエネルギーを感じた事はない。うどんのスープに、生姜がよく出ているような、出ていないような、よく分からなかった。あんまり最初の方に入れると風味が飛んでしまうかと思って中盤あたりに入れたのだが、それがよくなかったのかな。もっと、熱に破壊してもらって、生姜のエキスというか成分的な何かを存分に垂れ流した方がよかったか。美味しかったのでよしとする。おろし金は持っていないので、生姜おろしとかはできないわけだが、生姜をそれなりに消化していく方法には、何があるだろうか。生姜は、よほどの生姜狂いでもない限り、それそのものが欲望の対象にはならない。舞台照明であって、役者ではない。魚を買ってきて煮付けにするのに使える、生姜のてんぷらとか、聞いた事ないけれど美味しいかしら。

崖のくぼみ

生物として液状に近くなりつつあるので、どこかで硬度を取り戻す操作が必要になる。硬度? 軟度? 骨がなかったら。液体になって、家のフローリングにじょばじょば吸い込まれていきそうである。や、フローリングにはじょばじょば行かないので、玄関まで流れて、でも廊下と居間のthresholdがあるんだよな、そこは越えていくとして、玄関ドアの下をぬべっと通り過ぎ、門を出てすぐの下水溝にジョバジョバ流れていく事に致します。骨がなければ。寒いので鎧戸を閉めているが、夜の間に雨が降ったりしたら嫌だな。天気予報的には降らなかったはずなのだけど、夜露に濡れて乾いたものが若干バックステップするとか、そういう事はあるのかしら。懇意にしている印刷所からもらったカレンダー、でかいので便利そうだから飾ろうと思ったけれど、でかいからと言ってそれが一口に便利というわけではないのよね。むしろ邪魔な可能性があるし。架けないまま丸めて保管しているので、壁に垂直に垂れるようにクセが付くまでというかクセが抜けるまで、もし机の横にでも貼ろうものなら、顔を舐めるようにべろん、べろんと捲れ上がってくるわけである。考えるだけでちょっとイライラしてきた。嘘だけど。電車の中で読む適当な本がなかったので、英語の本を一冊ひっつかんでみたが、真面目な本だったので全然頭に入らなかった。小説でさえ、読み終わる頃には最初の3分の1あたりを忘れている事少なくないというのに、慣れない言語を乗りこなしつつ、クソ真面目な話なんか追っておれば、たちまち迷子、森の中で道しるべとなるは自分自身の涙の跡だけ、みたいな感じになる。小説くらいしかまともに読めないのに、肝心のその小説も大して頭に入っているとは言い難いのだから、私の頭にはどこか、大きな穴っぽこでも開いていて、右から入ってくる情報を排水する妖精でもいるのではないかという気がする。いつだったか、どこかの時間から、頭の中を探ると完全に砂漠になっていたので、これは比喩的表現だが、ほとんど意味というか、有意情報が枯れ果てた実際的砂漠であって、種を蒔いても乾燥して甘納豆みたいになるだけでも、それは仕方のない事なのかもしれない。いつか、精神科に行った時に、最後まで心理療法をやってもらえばよかったのである。買って帰ったマックの、ドリンクのプラカップを外して直で飲んだら、意外とよかった。ストローなんていらないのではないか。それから、今日のビッグマックは、過去トップクラスに地層ズレしていた。なんでサイドをナゲットにしたのか、よく分からない。

木鉄

書くの忘れるところだった。今日、まだ書いてないよな? 確認がめんどくさいのでこのまま書くが、忘れそうだったと言う事は調子がよくない事の証左であるため、ちょびっとだけ書いて終わりにする。昨日の、買わなければいけない生活用品は買った。初めて行くドラッグストアだったので、不安で仕方がなかった。なんだか小綺麗で、ドラッグストアでまで居心地の悪い思いをするとは思わなかった。ラブホテルの満室ランプが点灯しているのを、人生で始めて見た。駐車場の満車ランプや、駅ナカ理髪店の待ち時間ランプが光っているのは見た事があるが、ラブホテルの満室ランプは初めて見た。これから先も見る事があるかどうか分からない。その一帯で、そもそも満室ランプが設けられているホテルがある、という事を初めて知ったわけだが。あるんだね。ビル一棟、テナントが一気に3つもなくなっていたりして、そら寒くなった。冷凍餃子を買ってきた。水餃子の方と、焼き餃子の方と。焼き餃子の方を食べてみたら、レンジで温めている段階で、既に、ものすごい匂いがした。テンプレートな、これが餃子の匂いですよね! という概念を煮詰めたような、そんな匂いが。めちゃくちゃにニンニクを入れているか、香料を入れているかのどちらかだと思う。明日、電車の中で読む手頃な本がない。

強い力で木を殴る

暇な時間に、アナグラムをやってみようかと思ってやってみたが、上手い事一文まで分解して再構成できたものはなかった。難しい作業である。しいたけ、とか、かなしみ、とか、意味が拾えるパーツを集める事はできるのだが、残った文字を、まともな構成物に組み直すのが大変難しい。助詞が必要だと気付いて、有意な文字の塊を突き崩して最初からやり直しになったりする。ついでに、どの文字がすでに拾われていて、どの文字が未だ利用されずに転がっているのか、そういう方面によくできた頭ではないのですぐ分からなくなる。ボールペンでやっていたので、あれを消し、こっちに線を引き、とやると、たちまち素材にしていた単語が真っ黒になるからして、カルタのような、真っ白のカードを用意して、そこに書いて、ああでもないこうでもないと並べ替えるのが技術的によろしいような気がした。百均なり、ハンズなりにそういうアイテムがあるだろうから、もし外出した時に覚えていれば買ってきてもいいかもしれない。それよりも、ハンドソープの残量と、食器用洗剤の残量と、お茶パックの残量が問題なので、さっさとドラッグストアなりスーパーに行かなければ死活問題に発展してしまう。特にお茶パックに関しては、既に1週間くらいの間ゼロになったままなので、お湯を沸かして茶葉で淹れる物以外は利用できていない。買ってこないといけないのだが、外に出る理由がないので、買いに行く事がない。冷凍の餃子を買っていて、あれが間食に便利だったのだが、なくなってしまったので、食材が切れた事もあるし、明日は買い出しに行って、そのついでに諸々補給しようか。今月の家賃をまだ払っていないので、通帳の記入もしてしまおう。口座から金を移すのも、もし郵便局に行って先客がいなければやろう。どこかでマックに寄って、ビッグマックを食べて帰ってもいいのだけれど。ビッグマックを、ソース多めで注文すると、ビッグマックEXTRAソースみたいな感じで、レシートに印字されていた。紙で包んでくれ、と言うと、厨房に向かって箱じゃなくてラップで、と叫んでいるが、ソース多めにしてくれ、と言った場合は端末を操作しているから、メニューとして登録されているのだろう。たまにマックに行って、階梯を下げたくなるのはなぜだろうな。今晩は、残っている食材に多様性がないから、だいたいいつもの、に分類されるレパートリーから、ベターで選択する事になる。

ベルトと合わない

昨日の夜、村上春樹パン屋再襲撃』を読んでいた。なんなら、その前に伊坂幸太郎『ホワイトラビット』を読んでいた。めちゃくちゃに面白かった。私は、伊坂幸太郎のすごいところは、話の筋の運び方ももちろんなのだが、人物像をじわ、じわ、と滲み出させる事に関する、そのさりげないが確かな手法だと思うのだが、どうか。この本は、かなり技巧的なところがあるので、どうだろう、人によっては冷めるかもしれない。人物造形は、大変楽しかった。で。村上春樹の話だった。結論から言うと、文体がすごく好みだった。また、文体の感触をイメージで語るので伝わらなかったら申し訳ないが、上っ面がパンパンになったような、こちらを一瞬たりとも真面目に眺めていないのではないか、という、ほわほわした文章。しかも、これは初期短篇なので全部そうかは分からない、まともに読んだ覚えがあるのは(そして内容はすっかり忘れている)ノルウェイの森だけなので、全部が全部そうなのか定かではないが、話の締まりが、ない。ビッグマックを強盗しに行く話も、象が消える話も、妹の話も風呂敷が畳まれない。物語が、そこにまだ、べっ、と延べられたままで終わる。堪らなかった。この形容詞が正しいのか、しかし私はそう捉えているところの、生産的でない、ただの話である事が気持ちよかった。今回、適当にひっつかんで買ってきた文庫本たちは、指運(この単語を使っているのは西尾維新しか見た事がないし辞書に載っていない、造語なのか漢文的方面に指を伸ばせば存在するのか)がよかったと思える、かなりの豊作である。開高健は、本当によかった。よかったので、人生でもう一度読み直す事はないかもしれない。よかったゆえに。この気持ちね。第二次エマージェンシーコールのせいか、繁華街の方を通り過ぎると、20時までしかやっていない店というのも、そうなのだが、そもそもやっていない店も少なくなかった。宣言を受けて、営業休止します、という張り紙がそこそこあった。きっかけが、今のものなのか、本部の再編によるものなのか分からないけれど、チェーン店も、2店同時に近隣で引き上げたりしていた。変なところにもう1、2店舗あるが、あれらももしかすると閉業している可能性がある。4月に休業して、そのまま息を引き取り、店の中が次第に汚くなっていくテナントや、2月あたりから休業に入って、そのまま音もなく死んでしまった店もある。まず一度落ち着いた後、1割くらいはなくなっているんじゃないだろうかと思った。

全自動見世物小屋

今日はシーツを洗った。洗った。それはもう、洗った。洗濯機に入れただけだが。しかし、普段とは違い、布団を棒状のものでバシバシしばく作業をやった。この作業に従事したのは、もしかして人生で初めてかもしれない! 直線の先っちょに源氏パイがくっついたような、専用のそれは持ち合わせていなかったので、フロアワイパーの先っちょ、ぐりぐり回るところだけを取り外して、柄の部分だけでバシバシやっていた。私は目がすこぶる弱いので、少ししか視認できていなかったが、この布団を買って以来初めてのバシバシである。この作業には、正式に名前が付いているのかもしれないが、とりあえず。叩いた。縫い目のところにある、茶色いような、白いようなつぶつぶは、結局何なのだろう。怖くて深く考えずに過ごしてきたが、本当に何なのだろう。ああいうのが、ある程度、除去されたものとして考える。まだ、少しだけ、午前中はMPが残っていたので、布団に掃除機もかけた。縫い目のところに髪の毛やらホコリやらが溜まるのは、一体全体どのような原理によるものなのか。これもまた、深く考えると恐ろしくなりそうだ。晩飯を食いながら考えた。今は、心が外食に向かうサイクルの時期なのではないかと。サイクルが持つ指向性が、外に出るのめんどくせえというより上位の心的原理に抑え付けられている状態である、ような気もするし全く関係ないような気もする。とにかく、家であんまり飯を食いたくねえなと思った。昨日で、小林賢太郎が公開したソロ公演を全部観終わったのだが、2008年のDROP、これは本当に面白い。永遠に観ていられる。永遠に流しておける。ずっと流していた。他の公演と何が違うのか、ひとつには声色を変えるネタの多さとか、「ふざける」のトーンに近い無邪気さというかはしゃぎ方がどうにも私の心に訴えかけてくるところがあるようだが、不思議と惹きつけられてやまない。確か「椅子落語」だったと思うが、毛虫の話がとても好きだ。「コミヤヤマ」の、ふざけて人を舐めくさしたようなのも好きだ。なんだか、とてもよい。「サウンドノベル」も、いい。ソロ公演を、一度、生で観たかったなあとやっぱり思ってしまう。洗濯物は乾いていた。餅を食う、いい付け合わせみたいなのがなかったから、いや、今思い出したが、冷蔵庫の最上段にごぼうおかかがあるな、あれで食えばよかったが、朝はそれに思い至らなかったので、醤油を適当にぶっかけて砂糖を適当にふりかけて食べた。なんか、そんな感じのやつがあった気がする。

もぎり

やっとゴミを捨てた。えらい。夕方あたりだったか、雨が降り始めたと思ったら、みぞれ気味だったらしい。部屋が、下の方の空気から、しんしんと食い入ってくるようだった。開けたもちの袋を、どうにかしてあれしてこうしてどうにかしなければいけない。カビが生える様子はなかったが、手遅れになってからでは遅いのである。さて、今日は、しばらくぶりに触ったDMMプラットフォームのゲームの話でもしようか。ミストトレインガールズの話を。勝利画面が果てしなくプリコネっぽかったし、パッと見ただけだと何番煎じか分からない第n次プリコネだと思っていたのだけど、実状はかなり違った。ゲームシステムというか、キャラステータスの部分がめちゃくちゃ分かりづらいので、頭の中を整理するために書くが、有志による@wikiが充実していたので、そちらもお勧めだ。たまに、有用なwikiができているからDMMのゲームは面白い(面白いわけではない)。まず、キャラにはベースとレイヤーがある。ベースがイデアで、レイヤーがイデア分有体である。なんと分かりづらい比喩か。クエストクリアで、レイヤーがスキルを習得したり、スキルの習熟度が上がったり(これの恩恵がよく分かっていない)、ベース能力値の上昇が見られる。キャラステータスの算出は、(ベース能力値)×(レイヤー補正値)で行われる。ベース能力値は、クエストクリアや、時間経過で達成される促成クエストなんかで上がるらしい。好感度報酬やなんかで上がっているのもベース能力値かもしれない。レイヤー補正値は、キャラごとにR、SR、SSR(レイヤー)があって、それぞれが別個に持つベース能力値への掛け算である。どのレイヤーも互いのステータスには不干渉だが、別レイヤーで習得したスキルをひとつだけ設定できる。グラブルのEXアビリティ(クラス4、EX2を除く)みたいなもの。レイヤー補正値を上昇させるには、レイヤーのレベルアップ、ギア(ガチャの証みたいなもの。全キャラ共通のものと特定キャラ・レアリティに対応した2種類があり、ガチャで二体目以降の被りは後者に変換され、共通のものより経験値効率がよい。一部は交換やドロップで入手可能らしい)を消費する事による強化、好感度解放が必要である。マジで分かりづらい。キャラには、武器・防具・アクセサリ、都合3つの装備スロットがあって、それぞれに強化と進化があるらしい。強化はまんま強化なのだが、進化はよく分からん。装備によってはシリーズ統一でボーナススキルが発動するものもあるらしい。また、パーティ全体に発揮されるPTスキルというものがあって、多分これはグラブルの自分で担ぐ召喚石みたいなものだと思う。あとは、クリア報酬のアイテムで交換ができる常設クエストとかがあった。ついでに、キャラの攻撃には攻撃相性があるらしいのだが、チュートリアルで全く説明されない上、敵のステータスの読み方も教えてくれないのでちんぷんかんぷんである。この、コンテンツが巨大で、何をどれから取り組んでいいのか分からない感じ、まさしくDMMプラットフォームだぜ!!! と思った。メインシナリオは、イディオムガールとかに比べればまだ読めるが、戦闘描写がオカモトのコンドームくらい薄いのでギャグである。演出もしょっぱいし、結構大層な感じのエフェクトがクリックでスキップできてしまうので、ぽちぽち読み進めていると飛ばされてすごいしょぼそうになる。戦闘シーンは本当にお粗末なので、そこはある意味一読の価値有りかもしれない。それから、Hシナリオも、絵なんか局部が出ていれば全部エロいようなもん(エロくない)なんだから置いといて、やっぱりぺらいくて風前の灯だったので、悪い意味でもDMMのゲームだぜ!!! と思いました。やっぱりグラブルはすげえよ、との感を新たにいたしました。

サイバープリン・グレアム

何かを思い付いたはずなのだが忘れた。何だったか。今日も、うんちみたいな寝起きで、寝よだれがどっかに垂れたはずなのだが、それも忘れた。寝汗がすごかったのも覚えている。明日、シーツとか洗おうと思う。今日でないのは、めんどくさかったからだが。洗濯物を2日間くらい干していたが、乾いたのだろうか。取り込んだ時、おしめりの気配はなかったので大丈夫だろうと思っているのだが、本当に大丈夫なのだろうか。バスタオルが、一枚、手の届かないところまで風で飛ばされて、竿の隅っこでひらひらとこちらを見ている。そんな顔をして見られても、私からお前にしてやれる事はない。明日、気が向けば、そっちまで回って、回収してあげよう。雨が降らない事を祈り給え。晩飯にチーズを入れたが、やっぱりなんだか臭かった。汗臭い、と言ってはまさしくそうではないのだが、方向性としては近そうだ。臭い。匂いでもくさいでもなくて、漢字で書いた時の臭い、になっていた。買った当初は、匂いが薄くて、チーズのベロベロした感じがあるだけだったのだが。いつの間に自己主張を覚えたのかしらん。火を通して、ニンニクを入れて、醤油を入れて、それでなんとか気にならないくらいになるかと思ったが全然そんな事はなくて、あまり変わる事のない臭気がふんぷんとぷんぷんして、俺が起こり出したいのだが。保存用にしている、ジッパーバッグ、これを開けた時の、バッとしがみついてくるような匂いが、これが堪らない。思わず顔を背けて、「ウゲーッ」と漫画的オノマトペ的悲鳴を発しそうになるくらい、強烈である。あれが、発酵と熟成を経た末の正常な在りようであるのか、はたまた腐ってor傷んで食品としての資質を損なった挙句のあれなのか、分からない。今の所、食べられはする。私がお腹を壊していないだけかもしれないが。薬局に、スポンジとか、カミソリとか、買いに行ったのだが、食器用洗剤と、キレイキレイがなくなりそうなのに補充用を買ってくるのを忘れていた。台所用スポンジ、台所用スポンジ、忘れないように、仇か恨みかのように玄関で呟いてから家を出たので、それがよくなかったのかと思ったが、そもそも出発した時の買うものリストにはその二つが含まれていなかった。単に忘れていただけである。この愚か者め。薬局は、一ヶ月に一回行くだけでよいくらいの場所なので、ちまちまと出直すのは面倒だ。だが、手が、食器が洗えないのも困りものであり、ムムムムム。

脚立を持つ頻度

理由は不明だが、指が切れている。二箇所。左手人指し指第一関節、ちょうど身体の前側と、右手中指第一関節と第二関節の間、ちょうど真ん中。今日は包丁を触っていないので、分かりやすい刃物で傷を負ったのではない、と思う。ハサミは触ったが、あの時はたちまちのうちに用が終わって、怪我する要素がなかったし、あの時まだぴりっと走る痛みは感じなかった。と、すると、何だろう。袋の切れ端とか、指を切るので気をつけてくださいね、的な事が書いてある、あれとかそれとかのせいだろうか。そういうのは、いや、普段からぼんやりしているので、さっぱり記憶に残っていない。いつの間にか傷があって、いつの間にか痛かった。血がだらだら出るとかでもなく、肉が裂けて、血は滲まず、赤い線が走っているだけだったから、大げさにもできないし、しかし動作の時々に突き出してきてはこちらを覗き込むので無視する事もできない。持て余していた。外に出る時は、パーカーを上にもう一枚重ねるだけでよかった。今年の冬は、それにマフラーを重ねる事が、とても少ない。年末、初詣に出かけるために巻いた、あの時だけではないだろうか。それ以外は、パーカーとマフラーが同居した瞬間はなかったはずだ。寒さに強いというか何と言うか。外気温にすぐ慣れるからか。部屋で来ている半纏的なやつは、最近、膝にかけるよりも、着てしまった方が暖かいという気付きを得て、今までは何だったのかと思っている。しかし、そうすると、下半身がきらきらして寒くて堪らないので、特に足先の方が主張してきて、もこもこ靴下の一着や二着、や、靴下だから一足二足なのか、が欲しくなるものの、冬も半ばを過ぎてからシーズン物を買い求めるのも時節を逃した気がして気が進まないなあ……と考えて、やあ寒い寒い。鎧戸を締め切ったので、多少まともになった。渋谷を歩くと、今日もナンパ師がいた。師、って何だろうか。師が後ろに付くのは、ナンパ→オフパコの流れを感じさせ、素人物AVにくっついてそうな感じがある。ナンパ野郎がいた。いつもいる。今日もマスクをつけていなかった。一番よく見るナンパ野郎が渋谷に集中しているので彼らについて考えると、やつらは怖い。マスクを着けていないのも怖いのだが、なべて総じて目が据わっている。なんというか、こちらを見ている気がしない。顔面がべたっとにちゃっとして怖い。スクランブル交差点周りは、世界の澱を煮詰めたような瞬間が時々ある。