他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

カーテン黒衣

自分の適正睡眠時間は、9時間とか10時間とか、それくらい長いのではないかと思え始めてきた。一応、世の中には、ショートスリーパーロングスリーパーの区別があるらしい(医学的にそう言われるような区分なのかは分からない)。睡眠時間を確保する方策については、ある程度意識的になろうと思った。ご飯と食べるものがなかったので、困った挙句、そもそもご飯を食べないという選択肢を採用した。バナナが2本余っていたので、それを食べた。スイートスポットがいっぱい出ていた。バナナというものを全く知らない人に、熟したバナナを渡してみると、これは病気にかかった農作物で食べられたものではない、と返ってくる可能性もある。午後に、これ以上何もないのは辛いので、スーパーでちょこちょこ買いに出かけた。ポストに溜まっていた郵便物を、どちゃっと取り出して、それくらい溜まっていた、「ある」という事を確認すると、もうそれで満足してしまって、取らないのである。私の悪癖の中でも、指折りのそれだ。たまに、大事そうな封筒が、雨に打たれて、しなを作っていることがある。中身も、茶色くシミができていたりして、なんかあったりなかったりするのだが、性懲りも無くいつまでも治らないままだ。コンビニで料金の払い込みをして、横断歩道の方へ歩くと、左から自転車がやってきているのが見えた。ぶつかると危ないので、立ち止まって通過を待とうとしたのだが、あちらは私がそのまま移動し、立ち止まったままの、想定では通り過ぎていたはずの空間を走行しようとしたらしく、へにゃっと私の方へ曲がってきて、急いでハンドルを切り直して行き去った。「あーぶねえじゃねえか」と、聞こえるくらいの声でぼやかれたのだが、あそこは歩道だし、自転車は扱いとしては軽車両だし、徐行していないあんたに言われたくないな〜、は〜ぁ、と思った。無闇に気分を害さないで欲しいものである。今まで食べた事がないが、黒にんにくが売ってあったので買った。そもそもこれは何なのだろう。中華調味料コーナーを物色しにいくと、前は冷凍食品の、上から覗き込むような入れ物(正式名称が分からないが、アイスクリームとかが入っているようなあれだ)の上に架けられた棚や、通路にダンボールを置いてそのまま陳列されていたのだが、最近「これらは売れている」とやっと認識したのか、晴れて壁沿いの棚に栄達を果たしていた。ジャンツォンジャンがいっぱいあるので、これからは売り切れる事は少ないかもしれない。嬉しい。他にも、初めて見るものが2つくらいあって、品揃えも拡大したのかもしれない。やったぜ。

犬のガニマタ

夜飯を食っていたら、突然母から電話がかかってきて、思い当たる節があったので、もしやおいおいおいと思って店を飛び出し、万が一の場合に備えて家に帰りながら話を聞くと、全然全くシリアスな話ではなく、店を飛び出す必要はなかった。まだちょっと残っていたので、食品廃棄に繋がってしまった。しかし、席が混み混みに混んでいたので、ちょっと電話して戻る、というのも肩身が狭かった。思い当たる節というのは、これはまあ結構前の話だが、祖父が完全に相手が悪い形で事故に遭い、入院して、そのままものすごい速度でボケてしまったらしいのである。この夏帰れなかったので、まだマシだったであろう段階でも会いに行けず(そもそも、時勢的に親族でさえ直接の面会はできず、指定の短時間に、5分だけオンラインで話ができる程度らしい)、年末御目通りしたところで、胸が痛くなるだけのような気がする。祖母の、つまり妻の顔さえ、誰だか分からなくなるほどに呆けてしまったそうで、おまけに名前すら出てこないとなると、私はすでにそれを考えるだけでしょげてしまうのだが、私の名前だけは口にしたらしい。嬉しいような悲しいような、やるせのない思いがじんわり湧いて、やるせがないのでそのままなのだが。娘である母など、最初にそれを知らせてきた電話では、よく聞くと声が震えていて、気丈な母にも相当なパンチだったようだが、実の親がそうなっていく様というのは、辛いだろうと思う。母に認知されなくなったら、と思うと、これは、ちょっと考えただけで涙が出てきてしまうな。どう聞いても事故の相手が100%に消費税分をおまけしてもいいくらい悪いので、慰謝料とか保険的なあれはどうなっているのか、帰省の折に聞こうとは思っている。朝ごはんと食べるものがなくなった。生卵だけになった。本当に、レトルトのなんかでも買い置きしておかないと、不意に空白が生まれる。明日、携帯料金をコンビニに払いに出るついでに、スーパーに寄っていくか。コンビニのウィンドウに、公共料金支払いの受付、11月3日まで、などなどが書かれた紙が貼られていたが、もしかして、私が知らないだけで、コンビニ各社は、各種料金の支払い代行をやめるのだろうか。郵便局とかでも払えたはずなので、困らないといえば困らないのだが。選択肢は多いに越した事はない。食べるものを捻出すべく、生卵を乗せ、わさびを絞ってマヨネーズも絞り、軽く醤油をまぶして、適当に混ぜて食べた。悪くはなかったが、均一な味がする。やっぱり、何か別の方がいいな。

潮騒、海鳴り

やっぱり、流し下から不自然な音が続くので、なんかまあそういう事なのだろう。共生だ。慈愛だ。譲り合いの精神だ。私が普段、そこを動的エリアとして利用していないので、自由にするがよかろう。産めや増やせやされると、ちょっと困るが、最悪、目に見えるところに出てこなければよい。崩す工事が終わってから失念していたが、崩したら今度は建てる工事が始まるのである。コンクリを、高速回転する電鋸で切るような音がし始めた。壁沿いに、ちらっと視線を投げただけだが、ずいぶんとずいぶんな基礎工事が終わっていた。あんなにしっかりした基礎工事をして、今度は何が建つのだろう。前は、細っちょろい、一階部分が駐車場エリアとして抜けたちんまりしたビルだったが、今度は一階から建物がみちみちのようだ。こんな混み合った居住区で、しかも玄関ドアの目の前にそんなマッシブなものがあると圧迫感がありそうだが、なんか理由があるのかな。崩すのとうるさいのは、どちらがメンタルを削ってくるのだろう。そもそも、記憶がたちまちあやふやあいまい水羊羹になる脳味噌のせいで、崩す時の音を覚えていない。なぜこれほどまでに記憶が溶解して形をなくすのが早いのか、自分でも分からない。まだ、ずっと、どれだけ寝ても無限に眠い。底なし沼を底さらいし続けているかのようだ。よく知らないのだが、底なし沼ってどの程度底なしなのだろう。地層スキャンの画像でも見せてもらって、まあだいたいこの辺まで、こんな仕組みで底なし沼なんですよ、と説明してもらいたい。パッと調べてみたが、そんなに深くないらしい。しかし、ハマってから抜け出すまでの動画を見ると、生き物として背筋がぞっとするような感じがあった。静かに、とぷとぷといなくなっていくのだ。フェチのひとつに、吸収とか、それこそまんま、底なし沼に飲まれていく、みたいなのもあったはずだ。でも、怖さを抜いては見られなかった。多分、何も知らなければ、順当に、たちまち頭までいなくなって死んでしまうと思う。自然というのは怖いものだ。いっぱい買ってきた本の中から、森博嗣の100のつぶやきシリーズは読み終わったので、遠藤周作の、どっかの雑誌に連載されていたコラムをまとめたものを読んでいる。正直、海と毒薬くらいしか知らなかったのだが(読んだ事もないので一緒に買ってきた)、これを読んでみると、お堅い仏頂面なんかでは全然なく、一人の人間なのだなと思った。一人でいる事が、解消すべき・脱却すべき境遇、と考えているのとか、ちまちま相容れないところはあるが。

えっちだね……

何かしらに、些細でもすけべを見出して、えっちなコンテンツとして出力するのは、現代の、というか、インターネットのある部分における病理だと、ずっと思っている。全く否定するわけではないが、やっぱりちょっと否定的に見ているところはあって、でもやっぱり、これは、気持ち悪い現象と言ってもいいんじゃないのかなあとは考えている。あまりに反省がないというか、内部的な繰り返しの反射がないというか、記号に対する遅延のない即物的な反応にまで単純化されてしまっているところがある。微妙、枝葉の検討を飛ばして、ただ事実だけに承認印をぽんぽん押しているような、不健康なインスタントさがある。波が出るプールで、四六時中揺られて振られ続けて、それに狂騒しているみたいだ。フィルターが少なすぎるんじゃないかと思う。局所的に異常な密度と速度の醸成に、中毒性と連続性がやまない身体になっているのではないか。閉じているので、空気は出ていかず、刺激は上がり、刺激に慣れ、また刺激が強くなり、なり続けて、青天井である。同じ川の沿岸に住んでいる。

私は、病的なものを感じる。具体的な言葉では語れないが。まったく精度はないが、ずっと思っていて、人に話をする機会があったので、今現在のところ、粘土がどういう形なのか、くらいは置いておこうと思った。

日差しが出る時間もあったが、大半は曇りだった気がする。洗濯物を干した。アタックProのボトルが、今日の分くらいでちょうどなくなった。大家さんにもらった暑中見舞いの中に、お中元セットから抜いてきたような、詰め替えパックが2つあるので、まだしばらく買わなくても大丈夫だ。斜め前のお家でも、同じくらいの時間に、洗濯物を干していた。ベランダがあるのは羨ましいと思う。そういえば、屋根のものすごく水が落ちてくるポイントに、本当にものすごくだばだばと水が落ちてくる夢を、いつかに見たような気がするのを思い出した。棚に、実家から送られてきたキットカットがあるのを再発見して、ひとつ食べた。量り続けているわけではないが、手に取るたび、やっぱり、キットカットは小さくなったなと思う。剣が使えれば、間合いとかリーチの話で例えられただろうか。あんなに、握りつぶせそうなサイズ感ではなかった。コンセントの、マルチソケット的なやつを買ってきたので、エアコンとIH調理器と炊飯器のプラグが競合しなくなった。2対3だったのだ。ものを考えるというのは、難しいな。

 

ボトルド・ノアズ・アーク

今日は、少し早めに目が覚めた。昨日の夕方、疲れから2時間くらい仮眠を取ったのが響くかと思ったが、そうでもなかった。でも、意識が認知できるレベルまで浮上して来た後、しばらくぼーっとしていた。そろそろゴミ箱がいっぱいだ。静かになったかと思ったら、なぜだか再び流し下から物音がする。一匹いたらいっぱいいるものと思え。そもそも、一匹が既にかかっているのかどうか、確認したくなくて中を見ていない。シュレディンガーのゴキブリになっている。でも、あれほど周到な対決戦兵器にかからないとは、相当頭の切れるGなのだろう。別個体かもしれないが。すると、どこかに巣があるか、流し下の空間に穴があって、屋外から列をなして入場している可能性がある。まあ、地球上はみな家族なので、うるさい事は言うまい。今日も、すごくよく晴れていた。空の青が抜けるようで、ブルーバックになる建物を見るたびに、絵を描く時は、そのものを描くのではなく、それの周りにある空間を描くのだという、どっかの誰かの言葉を思い出す。誰が言ったのか、いつその言葉を知ったのか、まるで覚えていない。聞き知る機会があった可能性が濃厚なのは、中高の美術部在籍期間であるが、何かの小説で読んだのかもしれない。情報の出典が、ほとんど紐付けされていない頭の中だから、漁っても無駄な可能性が高い。何と言ったって、好きな作品の筋をまともに覚えていないやつの言う事だ。もしかすると、自分の捏造である可能性さえある。買い物に行った。油とか、料理酒とかがなくなったので。一軒目で、めぼしいものを見つけて、カバンを漁ると、軽かった。2019年のスケジュール帳(カバンからパージする理由がないのでまだずっと入ったままだが、そろそろ2年型落ち品になってしまう。さすがにそれはなあ)と、記帳しようと思ったが人がいっぱい並んでいたので諦めた通帳と、ポケットティッシュしかなかった。家を出がけに、溜まり始めたレシートを景気良く捨てて、捨てたのはいいのだが、そのままキッチンの椅子に叩きつけたまま、財布を置きっ放しにしていたのだった。レジに並ぶ前でよかった。本当に。一回家に帰った。天気が良かったので、散歩だと思った。酒と、オリーブオイルと、にんにくわさびちゅーぶと、安くなっていたなんかのパン。オリーブオイルは、手頃なサイズが品切れで、ちょっとでかい瓶で買ってくる事になった。でっかい! 今は、醤油に漬けた和風調味のローストポークができあがりつつあるところだ。

雑木林森

9月頃から、左の鼻の穴に、しばしば長い鼻毛が見つかる。目で見ているわけではなく、何かがさわさわするような感覚があって、鼻くそでもひらついているのかと思うのだが、指先でつまんでえいやとひっぺがそうとしてみると、その行為はたちまち引っこ抜くになり、小指の第二関節くらいの長さの鼻毛が、ぴょっと抜けてくる。たちまち鼻腔に感じていた違和感はなくなり、しばらくくしゃみと涙と鼻水が押し寄せてくるものの正常回帰する。なぜ、これほど長い鼻毛が生育してしまうのだろうか。すけべなやつは毛が伸びるのが早いと言うが、あれは毛髪に限った話ではなく、鼻毛にも当てはまる話なのだろうか(ついでに、陰毛の生育についても同じなのだろうか)。あるいは、生活環境に埃やなんちゃらダストが多く、適応するために鼻毛がにょきにょきしているのか。全ては……。誰が知っているんだろうか。朝ごはんに、明太子を米に乗っけて食べていたが、今回買ってきた明太子は、バラ子と書かれていて、確かに文字通り、ばらばらでぶつぶつしていた。おおよそ、指の関節一個分くらいずつにバラされている。一本か、半本かの形で入っているよりは適量使いやすいのだが、あまりにもバラバラなので、断面からぽろぽろ中身がこぼれる。ここまで書いて、すごく眠くなってしまった。まだ18時だ。17時くらいに家路に着いたが、もう空が青くなり始めていて、日が落ちるのが、アレだ、アレだな、と思った。季節の移り変わりが顕現しているなと。そう思ったのは、前にゲロがかかっていた電柱の側だったような気もするし、そうではなかったような気もする。電柱のゲロを思い出すと、学校横の坂道に捨てられていたコンドームとか、駅のホームにぶちまけられたゲロとか、それを処理した後の残留思念みたいなシミも連鎖的にロールバックする。ゲロのシミは、アスファルトの上だと、どういうわけか際立って弁別できるのだが、なぜだろう。カスみたいなのが残るし、胃液とかが染みると、何かしらのサムシングがあれこれなったりするのか。日中、これでもかと殴りつけるようないい天気だった。今は持っていないが、自転車を漕いで、適当なルートをぷらついたら気持ちがよかった事だろう。今日屋外にいたのは、多分1時間にも満たないので、想像を想像で伸ばした推論の結果だが。昨日取り込んだ時は、9割くらいの達成度だったので、洗濯物をもう一回干して家を出てもよかったと思った。

ぶちゃぶちゃのつぶつぶ

寝つきが悪かった。悪かったので、頭の中で、あるいは声に出しながら、あれこれ考えていて、色んな事を思い出して、飲み込むしかなくて、ふへっ、と変な笑い声で思考を断ち切ろうとしていた。それでも、だんだん蓄積してくる尿意に混じって、雑念がまとわりついてきて、あっちへ行ってもこっちへ行っても行き止まりのような、出口もなければ入り口もない、閉塞された狭隘の中で目が見えないかのようだった。起きた。食べるものがない。米はあるが、一緒に食うものがない。業務用スーパーに行ったら、適当なレトルトの袋をいくつか、ひっつかんできた方がいいのを分かっていて、行くと忘れるのである。ルーチンの買い物をするだけでも、結構頭の中はいっぱいいっぱいなのではないかと思えてきた。洗濯物を干した。目の前のアパートの住人が、缶コーヒーを飲むでもなく、タバコを吸うでもなく、イヤホンをつけたままぼんやりと立っていて、ハンガーをかけている最中、ちらちらと視線が合って気まずかった。何をしていたのだろう。部屋の電波が悪くて、お気に入りのラジオ番組が聞けなかったのだろうか。スーパーに行くにも、本屋に行くにも、昼過ぎになるといやに混むから、午前中に済ませておこうと思った。何も考えずに、頭の中が空っぽのまま、でかい道路とか狭い路地とかを歩いていた。家を出たのは、結局正午前だったから、通り道の店々では昼飯を食う人がたくさんいた。今まで、変な時間に通り過ぎていたから、ここは客が来とるんかいなと思っていた店もそこそこの行列ができていて、ものを見るには複眼的であらねばならんなと思いを新たにした。複眼的というか、複時系列的というか。文庫本が、2冊くらい欲しかった。移動用とか、寝られない夜の供に。文庫本エリアを漁って、10分くらいで、片手に7冊の文庫をつかんだ自分がいた。なぜ。どうして。私は文庫に対して執着があるので文庫をいっぱい買うが、形態にこだわりのない人ならば、これが単行本とか変形版とか混じってくるわけで、家でかさばるし値段もバカにならないし、大変だろうなと思う。文庫は、それはそれで、ちまちましていて面倒なのだが。引っ越しの時、ダンボールに詰めるのがめんどくさい。スーパーで食べ物を買った。バナナがすげえ安かった。最近、すごく大きな房でバナナを徳売りしたり、そもそも安くなったりしている。バナナ、売れているのだろうか。半額になっていたので、黒毛和牛(一口に言っても、その中でまた順番があるのだろうが!)の一枚板を買ってきて、今ローストビーフにしている。いい匂いがする。鍋底でジッパーバッグが溶けないように、かまぼこ板目当てでかまぼこを買ってきたけれど、100円くらいしかしなかったくせに、かまぼこがめっちゃ美味かった。好きになっちゃった……。あと、さっきまで知らなかったのだが、かまぼこがかまぼこ板の上に行儀よく座っているのではなくて、かまぼこ板の上ににゅるにゅる成形されるから、それはもうべったりくっついているのだね。包丁で削ぎ落とす作業を余儀なくされて、びっくりしちゃった。

製本テープのギプス

食料の買い出しに行って、そのついでに本も何冊か買ってこようと思っていたのだが、一日中、あますところなく途切れるところなく雨、雨、雨である。ぽたぽたびしゃびしゃ、いつまでも環境音が上下している。あと、寒い。長袖シャツ一枚と、上にパーカーを着る以外に、被服のグラデーションがないので、そこらへんでちょうどいい温度になってくれないと困る。もうちょっと言うと、パーカーを着ると、もこもこして意識に雑音が出てくるので、シャツ一枚で過ごせるのが理想である。服は身体にひっかかっているだけで十分だと思うが、服がない方がいいとまでは思わないので、ストレスなく服を着たままでいられる気候であると、私は大変嬉しい。寝起きが悪かったので、いや、寝起きの良し悪しにはあまり関係がないのか。昨日、丸亀で食べきれなかった鶏天一個を、幸い昨日持ち出したハンカチが一番分厚いやつだったので、それに包んで持って帰ったやつ、それと、バナナ2本くらい(1本だったような気がするが、もう1本食べたような気もする。忘れた)が朝食だった。人生の中で、食べきれずにこっそり持って帰った事があるのは、御茶ノ水のカレー屋で、曜日サービスのチキンカツと学生証サービスのチキンカツが重複して、めっちゃでかいチキンカツが2枚、ででんと乗ったカレーにトッピングでつけた唐揚げと、昨日の鶏天だけだと思う。なんというか、初めて行く店・初めて頼むメニューでは大盛り以上を頼んではいけない、という経験則を、自分から踏みにじっている阿呆なので、一応店の前に立ってメニューを眺めている時までは覚えているのだが、その場のノリと勢いに流されて、なかった事にしてしまうのである。愚かだ。実に愚かだ。2ヶ月後くらいには、同じ過ちを犯していると思う。マックの月見バーガーを、横目に見ながら、今年も月見バーガーの季節が終わってしまった。人生で食った事がない気がする。これから先、私はマックで月見をする事があるのだろうか。ない気がする。ふらっと行って、適当に頼むには、月見バーガーでは凝りすぎている。ハンバーガー5個の方が敷居が低い。変な話だ。冷蔵庫の中に長年放置していた、めんつゆととんかつソースを整理した。めんつゆは去年、ソースは今年5月に期限切れしていた。あれは開封前の表記なので、実際はもっと前に†していた事だろう。洋書ではeditorやauthorが出版時故人になってしまっていた時†をつけるので、私の主義信条に反する記表ではない。調味料のペットボトルが溜まり始めたので、牛乳パックと一緒に、資源ボックスへポイしに行かないといけない。あ、ペットボトルは今、資源ごみの日に出さないといけないんだっけ。

なんとなく日は暮れて

すげえ眠い。なぜだろう。日によっては、10時間くらい寝ているのだが。それも、まだ眠いがこれ以上寝ても得るものが何もない、という消極的理由によるものであって、ぴんぴんしてるから起きて生産的活動頑張るぞ! というものでは毛頭ない。これほどやるせない事があるあろうか。今日、実に数ヶ月ぶりに見て、会い、話した人が、結婚する人がいるという話を突然し始めて、しかもそれを巡る周辺の話がとてつもなく混雑していたので、別れてから、あの人みたく、人生がいくらあっても足りなさそうな人もいる一方で、私みたいな、もう向こうの人生全部おまけみたいなもんだと思っているやつもいて、人生とはまっことままならないものだな、と考えた。今日、初めて手触りと実感を持って感じたのだが、筋肉少女帯の「おまけの一日」、あれは真を語ったものだったのだ。暗唱できるくらい、昔から記憶には残っていたのだが、大槻ケンヂは、ああ思ってしまった日があるのだろうか、それとも、頭の中に、そう思ってしまう誰かがいたのだろうか。おまけの一日というか、おまけの何百日、何千日、何万日なので、あの少年の気持ちは、分かるようで分からないかもしれない。いや、けれど、あの少年には、一生懸命になって打ち込む(打ち込んでいるように思える)事柄があったのだ。夜、帰り道を歩きながら、「サーチライト」も頭の中で歌っていた。あれも、本当にいい曲だし、いい歌詞である。この世には、なりたくもないのに、暗ーくなっちまうやつがいてね。2番が終わってから、次々と言い募るあそこのパート、ものっすごくいいところである。世の中には、たまに、この人には象徴界が見えているか、のしかかっているか、象徴界に飲まれかけた事があるか、何かしらで原酒原物に触れたんだろうなという人がいるが、大槻ケンヂもその一人だと思う。私もいつかお目にかかりたいのだけれど、あまりの密度と狂騒に、全てを投げ出して存在を放棄するかもしれない。や、でも、夢の国ではあるんだな。また、すごく眠くなってきたな。これは別のものかもしれない。丸亀製麺の、タル鶏天うどんを食べて帰ってきた。得、とかいう、鶏天の個数が多いやつがあったのでそれにした。鶏天だぁい好き。わぁい。かと思ったら、うどんの方も得々で、3玉くらいどぼんと入っていた。大盛りに、いっぱい鶏天が乗っているだけじゃないのね? しばらく食っていないが、二郎系を食べている気分になった。丸亀のうどんはしばらく食べていなかったが、あれ? こんなもんだったっけ? と思った。あれ? 疲れてんのかな。

水の味がする水

昨日は23時に布団へついたのだが、それはもうすごく眠れなくて、結局、2時くらいまで起きていたというか寝られなかったのではないだろうか。時計を見ると、余計に逸ってしまいそうで、見ないままゴロゴロしていた。相変わらず、ここ一週間の日記を読み返すと、ゴキブリの話しかしていないのではないか、流し下から聞こえる不定期なカサコソに神経を集中させられていたが、ある瞬間を境に、ピタッと止まった。完全に止まったわけではないが、静かになった。これは。おそらく。捕獲に成功したようだ。一匹かかったのかそれ以上かかったのか定かではないが、平穏が訪れたのはいい事だ。今日から穏やかに……穏やかに……眠れるかなあ……。やつらは置いておいて、そうでなくとも寝つきが悪いのだ。寝つきが悪いので寝起きも悪く、ただただ睡眠時間を後ろにずらしているだけにしか思えない。日が変わる頃には寝るようにしているのだが。身体がおバカなのよ。よく晴れていた、と思う。外をよく見ていないので分からないが。これはまことに、今日は屋外を1分以上視界に入れていないのではないか。どれだけ屋内的なのだ。や、でも、屋内は好きだ。というか、家が好きだ。ここで全てが完結しているから。私は、多分、一人で完結してしまっているタイプの人間だから、他の要素が混じらない、介入してこない環境がとても落ち着く。それはそれとして、本屋に行きたい。読む本がないと、存在が蕩けて下水道に消えていく気がする。もう戻らない。レンジの上に置いている生姜が、まだずっと衰退を続けているのだが、茎はもうすっかり枯れ木枯れススキの色になってしまった。それはまあ、ともかくとして、先っちょの方の生姜本体、これも一緒になって萎れていくから、植物って全部繋がってんだなと思う。生姜の、あの節くれ立ってとんがっているあそこ、あそこだけが際立ってつるつるてかてかしていて、これどっかで見たことあるなと思ったら、膿が溜まったところの体皮によく似ているのだ。生姜の色って、膿に近いし。カーキ色というのか、黄土色というのか。鼻くそ色である。とりあえず、朝飯用に食うものがなくなってしまったので、買いに行かねばならない。明日……はちょっと無理そうなので、また金曜日になるか。何処かのタイミングで、丸亀製麺で提供されているらしい、タルタルとり天みたいなやつを食いに行きたいのだが、前通りすがった、かわいげのなさそうな中華も気になっている。

耳で感じて

流し下の、Gを捕獲したと思われるホイホイを捨てた。頭の中に、具体的なイメージはあるのだが、イメージと現実の答え合わせをしたくなくて、つまんだ後は、目を瞑って、濃い色のビニル袋に入れて捨てた。さて、これで安心と思ったら、何かがところどころにぶつかるような、小刻みな音がする。うーん。これは。もしかして。いや。しかし。とはいえ。現状が。要するに。つまり。ホイホイハット(hutの方)が実現した内部宇宙を確認する事なく廃棄したが、その機能的役割を果たさずしてほかしてしまった可能性があるわけだ。捨てた(と思しき)個体の他にも、実はまだ存在した、という線もありえなくはない。一匹いたらいっぱいいる、というのが、あいつとネズミを見た時の合言葉だ。去年の冬は微塵も音沙汰がなかったのに、どういうわけで巡り合わせで今秋から姿を見せ始めたのか、いや、見てはいないので存在を匂わせ始めたのか、不思議である。寒いと、暖かい住居に現れてくる、とは聞いた事があるが、冬は冬で寒いものだし、なぜゆえ去年は出没しなかったのか、その説明ができない。何か、何かが変わったのだろう。で、その何かがなんなのか分からないので、とりあえずホイホイで蓋をしているわけなのだが。奇ッ怪である。まあ、そんなにぽこぽこと、蜘蛛の子のように出現せず、単発でちらほら姿を見せるくらいであれば、こちらもまだ心をなんとか平穏に保てようものである。頭の中の茫漠が重くて、昼前くらいまで寝ていたのだが、洗濯物を、衣類とシーツで、計2回回した。やっとこ、シーツが洗えたわけだ。干す頃には、太陽が軒先に陰を落とすような時間になっていて、ちゃんと乾いているかどうかは分からず、そろそろこの季節で屋外生乾きのシーツに横たわると生寒くてひえっとなるのだが、まあ大丈夫だろう。敷き布団も、屋外に引っ張り出して、端から端まで、一度徹底的にしばき倒してやりたいところだが、なかなか構造的に難しい。読む本がないなってしまったので、本屋に行きたい。いや、買わなくてもいいので、図書館で借りてくるのでもいい。ただ、本屋の文庫本コーナーをうろついていて、たまーに、偶然、掘り出し物を見つける事もあるので、どっちがどうというのでもない。どっちもありだ。単行本は、自分で買うには少し考える時がある。でかいし。とにかく、何か、小説を、フィクションを、頭の中に入れ続けないと、現実認識が壊れてしまうので必要なのだ。

見えないものが見えている

タグをつけろじゃね〜〜〜。うるせ〜〜〜。物事を括るな。分かった気がするだけだ。実際に分かったかどうかはともかく。手触りをもって、肉を腑分けしなければいけない。肉を食べに行った時の、部位とか産地とか重さとかが書いてある紙とか札とか、ああいうのを丸呑みするようではいかんのじゃないかと思う。例え話だけれども。流しで手を洗っている時、ゴキブリホイホイの中に置いた、エサの、濃い生ゴミ臭みたいなものがふらりと漂ってきて、うわっと思った。もしかして、中の袋を食い破って、ホイホイから逃げ出したのではなかろうかと。そして、これは、大変認めたくない事ではあるが、しかし事実であるので書いてしまうが、ゴキブリがゴキブリホイホイにかかる事によって、逆に、ゴキブリの存在が具体的なものとして立ち現れてくるようになってしまった。流しの下のあれ、紙製の小屋みたいなあれに、少なくとも一匹、かかっていて、昨日の夜もカタカタカタカタうるさかった、もしかして二匹目以降もかかった可能性がある、まったく、ゴキブリASMRといった惨状で、小さな物音に反応してしまう。息絶え、生命活動をやめ、平穏な夜が戻ってくればまた別なのだろうが、今はダメだ。ゴミの日に、今出してあるホイホイを全て廃棄し、新しいものを設置しなければ、魂の平穏は生まれない。あるいはこれが、殺生の報いとでも言うのだろうか。よくないよね、でも、殺す事で生きているんだ……。または、奪う事で。何の話だ。ゴキブリに怯えている話を、大きくして悦に入るんじゃない! 昨日の夜は、梅酒を許容量よりちょっとだけ多く飲んでしまって(それでも100mlあったかどうかである、外では絶対飲まないようにしよう)、ふらふらして、日が変わる頃にはおおよそ抜けたが、一番ひどい時に、2時間くらい寝てしまっていたから、あまり寝られなくて、井上ひさし、四捨五入殺人事件を最後まで読んでしまった。これは、タイトルがどういう事なのか、分かった時に、というか、分かる頃には他の事もずんずん判明してハッとしっぱなしなのだが、あ〜上手い事やるな〜と頷いてしまった。小林賢太郎のコントを観る時に、ちょっと近いかもしれない。素朴で、おとなしい文体で、井上ひさしのスタイルってこんなだったかなあ、と思った。ちょっとだけ他にも読んだ事はあるが、それは、私が文体とかの意識に目覚めるよりずっと昔だ。ちょうど、積んでいた本がなくなったので(あるにはあるが洋書なので進みが悪い)、また今度本屋にふらっと行こうか。

頚動脈がうるさい

流しの下に、ゴキブリホイホイを設置した。Gがカサコソする音を毎晩聞くのは、しんどいものだ。夜22時くらいに、カタカタという音が続いて、あ、これは、Gがホイホイされた音だなと分かった。これで後顧の憂いなく、夜はすやすや安眠できると思った。思っていた。思い上がるのは、とても簡単である。夜、お布団にくるまってぬくぬくしていると、そろそろパジャマを半袖半ズボンの夏仕様から冬仕様のスウェットに切り替えなければいけないのだが、流しの下で、Gがコソコソする音が聞こえた。最後の灯火だなと思った。足掻いていると。いや、これで全く、夜は安穏であると胡座をかいていたのだが、いつまで経ってもその音が鳴り止まない。カサコソカサコソ、カタカタカタカタ、なんとか逃れようとしているらしいGの肢体がうごめく音が、断続的に続く。その度に、私の頭の中で、今、かかっているあいつは、どのような挙動をしているのか、どのような方策を巡らせているのか、具体的に想起されてしまった。ああ、足掻いているな、戦っているな、頭の中のゴキブリが、手触りを持ったものとして、のたうちまわっていた。虚構新聞の、ゴキブリをピンクになるよう遺伝子操作した、という記事のレコメンドにあった、ゴキブリを知る、みたいな本を、読んだ方がいいかもしれないと思った。ゴキブリを、あまりにも、忌避しすぎているのではないか。共存の道は、いや、共存でなくとも、互いに隣り合って生きる道くらいはあるのではないかと考えていたのだ。全然眠れなくて、一時間か、二時間か、それとも三時間か、黒くて素早い、てかてかするあいつについて考えていた。そのうち、音は止んで、でも眠れなくて、睡眠の海に身体を埋める事ができないまま、朝が来て、目覚ましが鳴ったのを止めて、もう何時間か、睡眠と言えるのか分からない浅瀬をぱちゃぱちゃやっていた。天気予報ではあまり良い天気ではなかったはずなのだが、そこそこの好天に恵まれ、部屋干しした洗濯物を、外に出してから出かけてもよかったなと思った。惜しい。気持ちよく乾いたバスタオルは、いいものだ。で、帰りに、なんだか衝動があって、チョーヤの梅酒を買ってきた。割る用のいろはすもかった。水と言えば、いや、なんだろう、別にそれに対して、すぱっといろはすと返す自信はない。なんか、適当に、湯飲みに入れて、いい加減な割合で割って飲んだ。すごい。チョーヤの梅酒は美味い。私の、おぼろげな記憶は間違っていなかった。チョーヤはすごい。ついでに買ってきたからあげクンレモン味も美味しかった。レモンなのか梅なのか分からん。途中で、明らかに頭がふらふらして、血管の膨張と増上慢を感じた。あ、これがアルコールなのね。何年ぶりだか分からないまともな酒に、すごく弱い。でもチョーヤの梅酒は美味しいな。頭部が、血管が、ぶくぶくに膨れているのを感じる。顔面の勃起だ。顔面が勃起している。顔面が海綿体だ。顔がちんこだ。

油分のない指紋

突然寒い。急に寒い。先週の日曜日? あたりから兆候はあったのだが、それにしてもなんだか寒くて不思議である。秋の中途半端で過ごしやすい天気が、からくり部屋みたいに、どこまでもどこまでも、扉を開け続けても結局同じところに出てしまうみたいに続くものかと思っていたら、たちまち新しいルートに当たってしまって、面食らう。心の準備が必要だったのだが。流しの下から、夜毎にコツコツガサガサ、何かがぶつかったりうろつき回るような音がしていた。眠りに落ちかけた意識が、その音ひとつで水面に顔を出して、もしかして黒いやつか、またあの黒いやつか、と体温がぐんと上がるので睡眠が妨げられる事頻りであった。ので、これは早くに禍根を絶たねばならんと、4日目くらいにして、ようやっとゴキブリホイホイを設置した。ホイホイは、組み立てるたびに新しい発見があるというか、そもそも、工作として楽しい部類に入る。入るものだと、私は思っている。大元のでっかい厚紙を折り曲げて、中のネバネバエリアの保護紙をまくり、足拭きマットを貼り付け、真ん中に誘き寄せるための餌を置く。簡易だが、立派な工作である。小学校の工作の時間で、ゴキブリホイホイを作らせてみてもいいと思う。彼らも、きっと、人生のどこかでホイホイを作る事になる日が来るはずなのだから。今日は、しんしんと冷える玄関でホイホイを組み立てながら、この足拭きマットという部分、これは大変素晴らしいなと思いながらぺたぺた貼り付けていた。ゴキブリの足は油的なあれでぬたぬたしているから、不織布みたいな、油がよく拭えそうな布地を端っこに貼っ付けて、ネバネバエリアで確殺しようとするものである。ゴキの見た目が、ぶりぶりしたファンシーな絵柄で描かれながら、小さな厚紙の中に、ゴキを搦めとらんとするギミックがこれでもかと詰まっていて、よくできた箱庭を前にして、感銘を受けるかのような気持ちになるのである。それはそれとして、夜寝る時に、流しの下から、カタ、カサカサカサ、バタバタ、シーンとなる音が聞こえると嫌である。ごくたまに、ほいほいで捉える事に成功した音を聞く機会があるのだが、あのまま衰弱死を強要する(衰弱死するのだろうか? あれほどタフな生物が)のはちょっと忍びないなあと思ってしまう。ミミズだってオケラだって生きているのだから、ちょっと複雑な気持ちになる。料理酒がなくなってしまったので、次の買い物で足さないといけない。買ってきたばかりのニラが、早くもてろてろのとろとろになっていた。そういえば、ニラは、思った数段以上にやわな草だった。

トトロの見えるメイと酒精の見えない

昨日、23時くらいに寝たら、睡眠がすこぶる捗った。その割には、起きる時間はいつもと変わらず、もりもり睡眠を貪ったわけだから、身体が睡眠に関して、正常な寄る辺を失ってしまっている気がしてならない。いや、実際、12時間くらいだったら平気で毎日寝そうだから、どうかしてしまっている感じはある。正しい身体、正しい心、これらを、いや、これらも、何をもってして正しいとするのか、という問題があるので、掲げるだけ無駄だとは思うのだけど、ど〜こ行っちゃったのかな〜(ルパン風)という感じがある。大家さんからもらった暑中見舞いの中にあったQUOカード、これを夏からずっと持て余していて、そもそもQUOカードってどこで使えるのか知らなかったので、手に取ろうという気さえ起きなかった。で、この前調べたところでは、全然一般的ではなく、ただのコレクションカードとして終わりそうだったが、それはなんか別のQUO的なやつだったらしく、普通のQUOカードは思ったよりそこかしこで使えた。ただ、だからと言ってどうするわけでもないので、コンビニで適当に間食を買うのに使おうと思った。今日は、昨日の晩飯のせいで、朝飯も昼飯も食べる気が起きなかった。ファミマに行った。食べるのに都合が良さそうな公園の一番近くにあったのがファミマだったというだけで、どのコンビニが好きとか、そういう嗜好はない。ちょっと高い、いい具が入っているおにぎりと、ポケチキとかいうやつと、ファミチキを買って出た。トイレ借ります、と言ってきたおっちゃんに、今清掃中なんですいません、と言っていたが、あれはあれで、こんなご時世だし、角が立たないように追いっ返す方便なのやもしれない。や、本当に清掃中だったのかもしれないが。公園は、いっぱい人がいた。子供用の遊具があるエリアなんか、ソーシャルディスタンスのシの字くらいまでしかないのだが、どうなんだろう。空いている適当な場所を見つけて座った。後方上段に、ギターを構えた大学生と思しき二人組がいて、弾く気があるんだかないんだか分からない強度で、弦を弾いたり、ほんのり歌ったりしていた。おむすびが一番うまくて、ファミチキが一番美味しくなかった。ファミチキに個体差……。あるのかな。そう言われると、そんなにうまかったけ、という気がしてくるが。自分でも正体の分からないノリに従って、日本酒を買ってきてみたが、アルコール消毒液そのものみたいな味がして、機微も微妙さもさっぱり感じられなかったので、やっぱり俺はソフトドリンクでいいなと思った。残りほとんど1リットル、どうしようか。