まあ別にいいか……と思ったので紹介します。私が友人とやっているラジオです。内容は、普段ここで書いている事とあんまり変わりません。変わったものが好きなら楽しめると思います。人生の時間に余裕があれば是非どうぞ。
半分くらいならいけるという驕り
なんか書いておこうと思っていた一文があるのだが忘れた。フライパンのこびりつきがひどくなって多分2年以上、ひどいなと思っているのがそれ以降、鉄の地があらわれて流石にダメだろうなと思ったのが今月初めくらい。よって、フライパンを買った。卵を炒ってもひとつも焦げ付かず、そうか、フライパンってこうなんだ、と程度の低い驚き方をしている。2500円のものをレジに持って行ったら5000円だった。??? たしかに、そのふたつの値段のフライパンが隣接していた。私が取ったのは2500円の値札の下に吊り下がっているものだった。5000円だった。私より前のカスタマーが、戻す場所を誤ったのであろう。どうせ何年も使うだろうから、そのまま買った。内心の動揺は著しかったと思うが。冷凍で買った塩サバの切り身が、冷蔵庫の中で解凍されていて、ちょっとと評するにはそれよりもそれなりに、臭かった。一切れ焼いて残りは冷凍庫に放り込んだが、店で焼き鯖を頼んで、これが出てきたら二度と来ねえなあという程度には、よくはない。臭いもそうだが、切り身から出ているドリップがじっとり茶色がかっていて、身を観察するに、商品としてダメになるギリギリ手前くらいな、なんちゅうか、有機的何かしらの進行を感じる状態だった。お徳用とは言えねえ! 買い物が下手くそ。
う↑↓↑↓ん
「日本人」という単位で、これもまた含み過ぎ、そして含まなさ過ぎるのでよした方がよい言葉だけれども、呆れるというか、手のつけようがねえなというか、腕組みして呻吟しているだけで終わる4コマ漫画みたいな気持ちになっている。互いの趣味にどうこう言うような関係ではないけれども、私は母に、そんな思想のない「アーティスト」の曲を聴くのはやめろ、としばらく思っている。裏張りのない思想によって、手触りだけの言葉を書く人間を信じるんじゃないよ、と。言葉に酔うべきではないのである。企業CMの、恥ずかしくて表を歩けないような、思ってもなさそうなコピーもきらいだ。言葉の価値を信じてないか、それがわかるほど価値を持った言葉に会ったことがないから、あんなしょうもない文言を恥ずかしげもなく掲げられるのだろう。夕食の米を炊くのを忘れていたので、待っている。玄米は88分かかる。それっぽいことを言うのであれば、玄米みたいな言葉を探して生きていきなさい、と、これが私が誰かに提案してみるメッセージになるのかもしれない。
複餅
ダメな日だった。曇って雨が降っていて、グロッキーと評してよい。寝起きが全然だめだったし、買い物に行く気も起きず、食ったんだか食ってないんだか、2食が腹に入った事実だけある。洗濯物を干さなければならないが外に出せないので、室内が湿気でみょんみょんしているのもよろしくない。紅茶と茶を飲み過ぎたので、トイレに行きまくっている。眠い。
中が見えないだけ
キッチンの電灯? 蛍光管? を買い替えた。適切な名詞はあるはずなのだが、じゃあこの、適切な位置に設置すると光る、長い棒状の物体について、規格やらなにやらに則ったお名前をすぐに出すことができない。ものすごく雑に言うのなら電気だが。人生で意識して初めて見たのは、ぴかぴか光る管部分以外に、豆電球でも刺すんかという、親指みたいな部品があったことである。家電量販店の電気コーナーおよび、出発前に家で検索した限りの知識で言えば、点火剤のような、それが光るわけではないが欠くべからざる別部品があるのだ。何年に一度、くらいの頻度でしか電灯関連は買い替えをしないから、その部品合わせて1000円もしないくらいで済んだのは、安いのか、もっとメーカーに払って持続的存立に参画するべき分野なのかわからん。あとはこれを捨てる、別の大仕事があるが、多分不燃ゴミであろうとは、なんとなく想像される。私はこう、ゆっくりと自分の首を絞めるような生き方をしている。
とうふそぼろ(インスタント)
天気が悪かったので、寝起きが悪くて、どうもダメだったので夕寝もした。起きられなかったせいで、珍しくかかってきた電話も取り損ねていた。目覚ましかと思ったら電話だったらしい。買い物に行こうと思ってはいたし、どんな形であれ外に出ようとは思っていたのだけど、なんか、こう。そういった気持ちは、砂糖が水に洗われるように、どこかへ消えていった。砂糖ってそんなにすぐ水に溶けたっけ。人間としてのエネルギーがどっかへ消えている。こういう時に、運動で、実存を取り戻すのだろうと、よわよわしく想像してみる。
チョコレート大<>小
心労のかかるイベントがひとつ終わったので、安心したような、それはそれとして、それを口実として見ないふりをしていた諸々がまた現実となって戻ってきたというか。分厚い雲が空にたなびいていた、あるいはみっしりと張り付いていたが、台風が近づいているらしい。暑かったのに寒くなったり、晴れが続いたと思ったらまた天気が崩れたり、体調を崩してくださいと言わんばかりの乱高下である。また眠気が帰ってきた。! でもつけてやろうか。明日は買い物に行ったほうがよいのだが、天気が悪いとなると気分がしぼむな。新しいスーパーを見つけたいので、そういう時こそ歩き回るべきなのかもしれないけれど。パジャマはスウェットに替えようかしらん。
あなたを半角カナで呼ぶ
変わらず眠い。今日は寝起きが悪かった。無限に眠い。読んでいる本のページが全然進まなくて、本当に読んでいるんだか自信がなくなる。英語って難しいやね。適当なもんを食った日だった。昼はまあいいとして。おおむねきらいな食べ物はないとして生きてきて、アボカドが一応苦手ではある(食べられはする)が、いくつかは「食べ物として認識しきれていない」というものがあって、うちひとつがりんごだったする。食べるまでの手間と、食べた後の味とか食感とか、どうもしっくりこないし納得いかないし、腑に落ちたことがない。そういう意味では、私は楽園から追放されずに生きていけた可能性があるわけだ。自分から食べない。もらえば食べるが、絶対梨の方がうまいよなと思って食べている。りんごと梨をパラレルにするのは誤りであると、誰がどう言ったところで、私の頭の中ではりんご<<<<梨なのだ。ピンとこない食べ物なのである。人生とややねじれの位置にあるもののひとつの話だった。
***
というのが残っていた。思いつかなかったんだな。眠かったし。昨日はまともなものを食わなかったが、今日はまともなものを食いすぎた、あるいはまともに食いすぎた。前々から気になっていた焼きそばを出す店に行ったのだが、しっかりした麺がしっかりした分量で出てきて、小麦粉に殴られる気分を久しぶりに味わった。栄養状態がいいせいか眠くない。気付いたら眠さに追いつかれるのかもしれないが。眠さゲージが満タンになったことが、ずいぶんと長い間ないのではないか。そんな気がする。
見てill
ほんとーに眠かった。今も眠いし。8時間以上寝たのだが、それでももうばかすかに眠い。昨日の頭痛はカフェインが切れたことによるものだった可能性がある、なんか飲む機会を逸していた。あんなにしんどいならカフェインなんて摂りすぎるもんではない。麦茶のうまさに目が開き始めているので、行くならそっちの道だな。昨晩は、いつからか開かなくなり、最近(と言っても夏くらいだった気がするが)営業を再開した近所のラーメン屋に行った。いつものごとく油そばを食べた。味は変わってなかった……と思う。麺のカドがちょっと丸くなった気がするけれど、その辺は熟成とかでどうとでもなる範囲なので。全体的にぬるっと値上げしていた。油そば、私が住み始めて幾年かの頃は750円くらいだったはずなのだが。ラーメンなんて、油に小麦粉、畜肉と、円安の煽りを受けやすい材料だけでできていると言ってもよい。朝は、理性のタガがかかっていると到底出せなそうな、高音と、それに続くどすんどすんという物音2セットで起きた。近所のおうちは大丈夫だろうか。悪夢でも見たのか、あるいは。寝覚めが悪い。
くらしの品用
一日中、頭が激烈に変な痛み方をしていた。眠いのとはまた違うが、しかし泥よりもきたなく寝られるだろうなと思うほどに眠かったのは間違いなく、自動車とか転がす仕事じゃなくてよかったな、と本当に思う。やっぱり眠いのだろうか。だとすれば、だとしてもやはり、なぜこんなに眠いのだろうか。ねむすぎる。
スポンジの行進
買い物に行こうと思ってはいたのだが、アークナイツの新章を読んだら終わっていた。日が。毎回こうなるが、さすがだ。本を読んでいるのと同じかそれ以上の時間の飛び方をする。とてもいいが、今までのだいたい全てを踏まえなければこの気持ちになれないので、勧めづらいのは間違いない。おもしろいけどね。味付けをミスったカレイの煮付けが作り置きしてあったので食べた。キッチンの電灯を買ってこないと、紐を引いて何も起きず訝しむむだな時間を過ごしてしまう。
丁寧な解体
とりあえず結果なのだが。キッチンの電灯まわりは解決した。上面が戸棚にがっちり取り付けられており、がんばって押してみたり引っ張ってみたりした結果、横の緑色の金属カバーをぐいぐい動かしてみたら、そこが外れて、なので電灯部分を覆うプラスチックのカバーが外れて、電灯を取り外せた。きわめて原始的な構造だったわけである。明日くらいに、家電量販店に買いに行くつもりだが、もう一回で電池を売ってない時代であるから、見つけるのはめんどくさいかもしれない。近所に友人が来ていたので夕食は一緒に食べた。ちょっと眠くなくなった、かも。
手元おぼつかず
この家に越してきて初めて、キッチンの電灯がダメになってもうダメそうなのだが(日本語で経過を表すのが難しいのでこうなった)、本当に見たことのないタイプの構造? 仕組み? で、どこから電灯を外すのかわからない。本当にわからないのだ。矩形の装置がくっついているのだが、開けられそうなところをきゅこきゅこひねると、ひねることができたその部分だけが、ぽろっと取れる。電球の根本、金属で色が違うあの部分、あそこだけ取れるみたいな。肝心要の電灯に、どうやって指を触れればいいのかわからん。キッチンの電気をつけられないと、景気が悪くて気分が乗らないから替えたいのだが、じゃあどうやって、の部分がわからない。メーカー名を頼りにインターネットで情報を得られればいいが。電気製品で嵌め殺しなんてことない……ないと思いたい。
長々と続く献辞
眠かったが起きた。でも眠いのだ。なんなんだろうな。眠い過ぎる。The Compleat Anglerを読み始めた。綴りを間違えとるんちゃうか思うかもしれないが、17世紀の本なので合っている。正気だ。開高健のエッセイで見て以来、読んでみたいわね〜と思い続けて、今夏手に入ったものをこの時期に読み始めたわけだが。とてもEnglish Englishで、わかるようなわからんような、と言ったところか。母語以外の言語をそれなりに習得したことがある人には伝わるかもしれないし伝わらないかもしれない感覚として、ずぼぼぼと目で飲み込むスピードのまま、なんとなく読めてはいるが、ちらちら知らない単語があるので、なんかわかったような気もするし、ひとたび欠伸したらそれまでの話を全部忘れてしまいそうなくらいおぼろげにしか感じていないような気もするし。そんな状態でやっている。私の勉強は、上に伸びていくということがないんだよな。広がるだけ。どこまでも続くテーブルの上に、水をこぼすみたいな。
回復体位
昨日は早めに寝たのだが、それでもなおのこと眠くて、目が覚めたら家を出る時間だった。どわぁー、と思った。私が一番驚いた。これでもダメなのかと。なんだかんだあってとりあえず間に合いはしたのだが、なんともならんなあと天を仰ぐ気持ちである。秋冬期間受け続けるデバフくらいの気持ちでいようかしら。頭の中に、目先の2つくらいのことしか入らないから、あれを思い出すとこれを忘れており、とにかくスキッとシャキッとしたいもんだ。
弁当箱inスターライト
昼に食べた鮭ハラスがうまかった。安いハラスだと、胸焼けするような、舌がにちゃにちゃしてあつかましい脂がぎとぎとしているけれども、いい弁当のやつだったので、適度なコクがありながらうまみを添えており、他のご飯や漬物の味を覆い隠さない細やかさがあった。食い物は、ある程度のラインまで、値段にしたがって総合的によくなっていくものだなあと、舌でしみじみと感じた。多分夏の帰省で祖母にもらった、炊き込みご飯の素を使ってみた。もしかすると、炊飯器で、純粋な飯を炊く以外のことをしたのは初めてかもしれない。炊飯器なんだから飯を炊くことに使えよと、ウォークマンが音楽を聴くものであると、同じくらいに思っていたからだが、なくならないまま残しておくのももったいないし、使った。乾涸びた亀の子たわしみたいなものが、水に漬けるとふやけて、じゃばじゃばほどけて、ごぼうとかひじきが出てきた。台無しなことを言うと、おそらく玄米といっしょに使うことを想定して開発されていないため、おいしくないわけではないが、おいしいというには何かが足りない感じの仕上がりになった。白米を見た時に感じる、なにか足りねえなというあれは、お好み焼きにそばが敷いてない時と同じものだな。茶を濃く淹れすぎた。
* * *
なんか残っていた。ちょっと持ち直したと思ったが、そのままぼんやりしていたのか。 今日も変わらず眠かった。なんなのだ。ハム太郎の真似ではない。昨日は早めに寝たのに、変わらず眠い。個人的な器質欠陥にしても、こんなことあるのだろうかと思うまでもなく、睡眠外来や禁煙外来がある時代なのだから、なんであれなんかあるのだろう。茶を飲むのをやめろと言われたら……。困るな……。眠い。全然考えがまとまらないよう。