他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

うすい布団を抱いて

一昨日? もらった抹茶八つ橋(かたい方)はうまかった。油断すると全部食ってしまうのでゆっくり食べている。さすがに時代というかインバウンド客向けに英語の商品名もパッケージに書いてあり、「cinnamon cookies」とある。これを読んで、字面の意味を考え、八つ橋の味を思い出してみて、……その通りだな……と思った。八つ橋というものの本質を抉り出して名前をつけるとそうなる。母語ではない言語を学ぶというのは、ひとつにはこういうことである。

問答は有用か用いるか

人の金でステーキを食べた。厳密に言うと、人の金で買ったステーキを、焼けと言われたので焼き、駄賃として私の分もいただいたということになるか。サーロインとヒレがあり、まだサーロインの方がうまかったので、ああ、牛肉だとまだこっちの方が身体は喜ぶんだ、と思った。肉自体の旨味というか。それから、肉をうまく焼こうとすると、叩いたり筋を切ったり、肉側の条件を整えてやらねばならんのだなとも。均一に熱の回る焼く機構も。IHだと偏りがある。至極当然だが、やらないとわからないことがたくさんあるわけだ。シーリングライトの天井にめちゃくちゃ虫の死骸が溜まっている。

任意の自然数橋

人に誘われたので、電車ですぐ行けるところへ小小旅行に行った。悪くなかった。ご飯も食べさせてもらったし。帰りがけにちびっと買い物して帰ろうと思っていたのを今思い出したが、まあこれはいったんいいや。適度に動き回って眠たい。お土産をもらい、八つ橋なんですが、生じゃない方ですと言われて、そんなことあるんやと思いながら嬉しくもらった。かてえ八つ橋がだぁい好きなのだが、あの辺りのお土産をもらう際、かてえ方をもらえることがあるとは思わなかった。ふふふ。

ぼろい靴のかたり

ぼろくなったなあと思って靴の中を見てみたら、想定していたよりももう三段くらいぼろかった。踵の内装が(内装でいいのか、インナーとか言うのかな、しかし本だってソデとか小口とかなんとか、至るところにことごとく名前がついているわけだから、靴のこの辺にだってたしかに名前がついているのだろう)剥げて、あるいは欠けて、あるいは擦り切れて詰め物のフォームが見えた上でそれも削れているし、甲側面のあたりも同様。踵はきれいにすり減っているけれど、左の方がすり減っている。かばんをよく持つ方、というのがあるにしても、身体のバランスが左に傾いているということになる。座っている姿勢を意識してみると、たしかに利き手の方に「にゅっ」としている。歩くと、爪先と足の甲の境界あたりで革が折れるが、そこも折れた上でくたびれ摩耗して色が剥げてきた。ぼろい靴のスケッチだった。何年履いたか忘れた。中敷きを買って差し込み延命したのも2年? 1年半? くらい前になるのか。そんなに飛ばないか。これもまた皮膚と化したアイテムであった。

返しなさい両手を

特に言うことがない。部屋が暑い。ほんとに言うことがないな。また逗留場所が変わったのだが、背もたれがついているにしても、何のためについているのかわからないような椅子で、意味がわかんねえなと思っている。私は、何もない時でないと何かできないから、なんか、早く何者でもなくなりてえよなと。私の人生の祈りってそれかもしれない。

食ハンマー

昼寝をした。それはそうとして。昼飯に食べた、セイロンカレーと諸々の乗ったライスがすごい量で、食えることはわかっていたが食えないかと思った。ぽそぽそしたタイ米系の米は、食っても食っても湧いて出てくるような感じがして、ある種の無限を感じさせる。知人曰く、エジプトのコシャリも無限であると。今履いている、ずっと履いている靴は、さすがにもうダメそうなので来月には換える。文字通りに靴を数年かけて履き潰している。今回は、こいつぁいいぜと思ったので色違いの2足目を買ってあるから身体的馴致の乗り換えがないが、次の次はどうしようかね。長く使えるものであればあるほど、次弾を装填しないきらいがある。カバンとか。髪を切りたい。

高級車の麩

今日は二度寝しなかった。しなかったんだっけ? 思い返したらした気がしてきた。覚えてないんよね。また思考が発散する時期に入ってしまったから、日中は、やることはやったはずだがとてもぼんやりしている。晩飯に使った鶏肉は羽がまだついていた。羽根? 厳密には使い分けがあるんだろうが。根っこまで皮にずっぷり残っていたから羽根にしておこう。しばらく口座残高を確認していないが、大丈夫なのだろうか、俺、あるいは俺の人生は。死なない程度の口座残高を維持することしかできない。眠い。

一度として同じ呼吸はないかもしれないのだ

朝早く起きて、そういえばやらなければならないことがあるんだった、と思い出してそそくさと済ませた後、落ち着いたせいで二度寝した。早起きした分の徳(?)はどこかへ消えた。用を済ませるために街中へ出かけ、ジェラートを食べた。ホンマか? と思ってレモン&バジルというのを食べたが、これは、なんというか。トイレの芳香剤みてえな味がした。レモンの香りとバジルの香りが互いに邪魔することなくむんむんと立ち上り、ジェラートになったことでバジルの香りに新しい方向性が付与され、チョコミントに比したくなるような、絶対的に好き嫌いが出るであろうフレーバーが爆誕していた。すごかったっすね。来年のために手帳を買おうかなと、自分ではなくその他のために、そう思った。手帳にペンを取り付けられるようになるゴムバンドみたいなやつが売っていたが、アホみたいな値段がしたので買わなかった。手帳……。手帳のきらいなところは、日時が書いてあるところかもしれない。過ぎたら用済みの気持ちになる。ちっちゃいキャンパスノートに、ちまちま書いたり上から線で消したりしている。システマチックに物事を整理するのが苦手なのだ。コンテンポラリなのだ。いいように言えば。

トマト缶風呂

機会があったのでブイヤベースにリベンジした。2回目にしてまだまだ改善点が見つかったが、ブイヤベースの本質部分を構成するものがなんなのかについては手触りがわかった。エビを入れると味のコクが出て、ムール貝を貝のまま入れると同じく海鮮のコクに繋がり、トマト缶を使用すると味の華やかさに加えてブイヤベースらしい色が出やすい。なのでレシピにトマト缶と特に指定してあったのだろう。あとはイカでコクを、サフランで色を、ローリエで風味を足すと、ブイヤベースと言って不足ないものになる、はず。サフランなんて家にないけどね。連日ムール貝を食ったせいでゴミ箱の生ゴミが膨れ上がっていて、こうして貝塚ができたのだと視覚的に理解した。身体が鈍っている。

分解

博物館を見に行った。文字があるので文字を読むのだが、大多数の人はものだけ見て流れていくから、なんというか、陳列の甲斐がないんではないかなとか思った。落ち着いたから久しぶりに心置きなく昼寝ができて、なんか、ええやんねと。ふと見つけたタピオカミルクティーとスイーツ店のでっかいオブジェに、ああ、これとなら意味のない写真が撮れるんじゃないかと思って、一緒にいた後輩に撮ってもらった。私という人間の特質を映していなくて(こういう写真を撮ることが特質を映しているとも言えるわけだがともかく)、いい写真になったのではないかと思う。何も映っていないのと同じだ。ひねた写真の撮り方だ。私は意味から逃げ続けている。

埋める

ラムのリブを食べた。あばらでいいのか。ローズマリーをしこたま叩きつけたので臭みはなく、とりあえずうめうめと平らげた。明日からしばらく身辺が落ち着く(はず)ため、ちょっとくらいお寝坊したっていいわけですね。暑い。

1/nポッキーゲーム

暑い。水分がものすごい速さで消費されていく。寝苦しいし。左手中指の手荒れが長引いており、肉が割れて、ちみっとした逆剥けが点々と発生していて、事あるごとにちくっと痛くて腹立たしい。眠い。ジュースを飲もうと思っていたのに、風呂を出てすぐに歯磨きをしてしまった。

重海鮮基地

初めてブイヤベースを作った。人生で食った一番うまいブイヤベースが記憶にあるので、かんたんなのと凝ったのとレシピを見て、ああ、あれはそういうことやったんやなと納得したことが多かった。あの独特の色味は、海鮮のアクというか出汁というかから来ているようだし、さらにはサフランから来ているものでもあるようだ。味の強く濃い海鮮を入れれば入れるだけうまいし、冷凍の海鮮を使えば使うだけ生の味・風味に劣る。これは本当に。濃ゆい喉越しがブイヤベースの醍醐味のひとつだなあと思っていたが、それはバターが入っているせいでもあった。風味の厚みはセロリやハーブが数種類入っていることに因るものだろう。自分で作ってみて、さまざまなことが見えてきた。海鮮は生の、ぴちぴちしたやつを使うのがよろしい。そうだ、トマトは生のやつを使うなら酸っぱくて汁気があるやつを、できるならトマト缶を使うのが便利だし味の幅が出ていいと思う。手を汚さないとわからないことがあるものだ。

しなを作る格

昼にパイを食べた。他に何かあるだろうか。……。ないか。つい最近、iPadとペンシルを落っことして、幸い画面にヒビは入らなかった(リムが凹んだ)けれど、どうやらペンシル内部のマグネットが折れたらしく、Bluetoothで認識はされるが画面にはなんら干渉しない長細くてすべすべした物体になってしまった。ペン先が折れて瞬間接着剤で誤魔化したり、随分長い付き合いだったが、少なくともペンの方は逝ってしまった。身の回りのものがほとんど変わり映えのしない生活をしているからこそ、こういうことがあると少なからず感じるところがある。もみあげだけにょろっと伸びているので切りたい。

鼻くそ塚

休んだ。自分の首を絞めるつもりではなかったのだが、結果的に銀行口座の数字は結構減ったと思う。私は全然悪くない。機嫌がいい間は機嫌がいい人というのが苦手だ。だいたい同じ状態でいてくれよと思う。私が、おおむね同じような状態で一年中生きているからだろう。日程とか、数字とか、そういったものをいっそ興味を持って覚えられない性向について、頭の中からくしゃくしゃのレシートしか出てこないというイメージが発想され、なるほどこれだと納得した。ピッとしたものが出てこず、なんだか、しわしわでよれよれで、多分これだと思うっすけどねえ程度のものがようやっとずるり出てくるというか。不甲斐ない。鼻血混じりの鼻くそは出なくなったが、鼻くそがいっぱい出る事実に変わりはない。