他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

一枚上手で刺し違える

久しぶりにまともな睡眠をとる事ができたので言う事はないです。恍惚絶頂の舞。あまりに快眠しすぎてド深夜に一度お手洗いに起き出したものの、布団に戻ってすぐ再眠が叶い、溢れる嬉しさに涙を拭う暇もないまま目を覚ましたら大幅に寝坊していてものすごい気分にはなりましたが、気分と体調を天秤にかけた時、ハードとソフトの違いを問われているわけなので、体調がいい方が望ましいよねというわけで不都合な事は全て飲み込んで聞かなかった事にしました。びっくりしていろいろあたふたわちゃわちゃしてしまって、午後2時まで何も口にしない羽目になったのはよろしくなかったけれど、身体が戻って来たような気がするのは僥倖である。頭蓋眼窩裏に張り付いていた白く痺れるような感覚も薄まったし、人生の苦渋カルピス、少しは希釈できたかなと思わないでもない。人生の苦渋カルピスって何だ……? 「お前ん家のカルピス、薄くない?」のノリで人に言える単語では絶対にない。そもそも、どうやって薄めればいいんだ? あるいは、元々が薄くて、艱難辛苦に炙られる事によって水分が飛び、いつしかどろどろの濃厚になっている、みたいな。そういう感じかもしれない。人生初期の、薄弱として銀色のベールみたいにかかった雰囲気は、確かに濃度低めのカルピスと言ってみればそんな感じがしないでもない。そうかあ、人生はカルピスかあ。この間カルピスは100周年迎えたばっかりだしなあ。人生も100年時代と言われているし、人間とカルピスは手を取り合って仲良しこよしで歩んでいるのかもしれませんね。昼飯を適切な時間に取り損ねたので、手頃な距離にある、まあ歩いて行くので足頃と言うべきかもしれないがそんな言葉はないので、ほどほどの値段でほどほどの味を誇る弁当屋に行って、完全に旬のおいしい時間を逃していたから、よく分からん弁当二つとよく分からん丼物大量だけが残されていて、手前にあった弁当を買って帰った。よく見ずにフィーリングで買ったが、豚バラの薄切りを片栗粉的なパウダーで塗り固めて、中華系の甘酸っぱい、なんか、こう、酢豚とかにまぶされているあんな感じのタレでギラギラにしたおかずが大量に入っていて、味が濃い上に意外とボリュームもあったので途中から悟りの片鱗を窺い始めた。食べる事は戦いだからね。戦いの向こうには死があって。美を感ずるものは死に近づいている、なぜなら美とは死相だからである、という文章を読んで、なるほどねと思った。おざなりな形容詞に、ここまでの地層はない。