他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

急いでいようが急いでなかろうが道が曲がっていれば回らねばならぬ

半纏を洗った。そこそこきちゃなかったので。半纏というか、ほぼ膝掛けとして使っているので、そちらで読んだ方が正しい気もする。相変わらず、すすぎの段階で洗濯機がバカになって、永遠に水を注いでエラーを起こして水を注いで……のループをやっていた。水を含みすぎる物体を洗うと、その辺でうまくいかなくなるらしい。ダウンジャケットを洗おうと試みた時もそうだった。今読んでいる本に、そこそこ難しい言葉がたまに出てくる。元が中国語なので、原文がそうなのか、訳者が原文の格調を保存する訳語を選ぶに足るセンスと語彙を持っているのか。たまに辞書をめくる。考えるべき事が浮かんでこなくて、ボーッとしている時に、同じく辞書をめくる。今日はいくらか、発見があった。ノートに書き残しておいたが、書き出しても益するところはあっても損する事はないだろうから、こちらにも記録を残しておく。大海、うなばらの意で、「そうえい」という言葉があるらしい。漢字がものすごい。「そう」は、さんずいに倉をくっつければいいのだが、「えい」の方がすごい。人生でもう一度見る事は、きっとないだろうなという形をしている。さんずいは同じで、上から順に、亡、口、三段目がこれたる所以であり、左から月女凡と書く。おそらくJISコードなども割り振られているのだろうが、自分で書いてみるとこれが本当に存在する文字なのか不安になるような密度である。「目の前に横たわる、深い碧に染まる『そうえい』に……」であぁ、あれねと分かる人が、まあいるのだろうが、珍客である。「蛮触の争い」というのがある。荘子に出てくるらしい。昔読んだはずだが、正直混沌七穴の話さえ全く覚えていないので、こんなんあったかいなという気持ちだった。岩波文庫のそれで読んだはずだが、あれは抜粋だったのかな。だとしても覚えてないが。同義語が「蝸牛角上の争い」であって、例え話、逸話の類から来たもののようである。蛮が、蝸牛(かたつむり)の右の角に構える国主、触が左の角に構える国主で、その両者が争ったとて、かたつむりの、さらにその角の上での事だから、しょうもない、ささいな争い、また、宇宙の大きさと人間の大きさを比する意味である、と書いてあった。サイズの基準にかたつむり、の角、を選ぶところに、勘の良さがある。かたつむり繋がりでは、「蝸牛の庵」というのもあった。小さく粗末な家、また、自宅の謙称である。自分の家くらい「家」と言えばいいと思うが。言われた方も分かるまいが。