他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

「この海老、オナラみたい!」「どういう事?」「小出しのオナラです」「ぷりぷりか」

こんにちは。

暗いのも、すぐに慣れるものですね。

明るみに出た時に「はうあっ」ってなるのが玉に瑕ですが、それほど困ってもいないのが困ります。

こういう時に、私の適応力の高さというか、「まあいいや」で済ませてしまう悪い意味でのタフさを実感しますな。

この妥協で、幾度の試練を乗り越えてきたことやら。

 

昨日の夜は、お布団に寝ている時にほんの少しだけコントについて思いを巡らせることができたので、ちょっと気分が上向いてきたのかもしれないし、豪雨の中で一瞬だけ雲が切れ太陽が差すあの瞬間に似ているだけなのかもしれない。

どちらにしろ、死体の心電図のよう。

 

 これはちょっと前の話なのだけれど、YouTubeジャルジャルのコントを観た。

名前だけは憶えていたけれど、そういえばどんな感じの事をやっていたのかな、とふと興味が出たので、調べたら公式チャンネルがあったのだ。

もっけの幸い。

手当たり次第片っ端からコントを観ていったのだが、ようやっと今になって振り返って良かったというか、発見がたくさんあった。

ものにもよるが、かなり小林賢太郎のコントと遠からぬところを目指しているらしい。私はその辺詳しくないけど、お笑い界の相互作用マップとかあるなら、確実に二つは実線で結ばれて然るべき関係にあると思った。

一番分かりやすいのは、『理解不能者~病院~』とカジャラの『もんしん』、『野球部』とラーメンズ『インタビュー』や同じく『もんしん』を続けて観た時だろう。

意思疎通の一番根っこの部分に手を突っ込んで掻き回す感じというのか。

無理矢理に思わせない絶妙の加減で、同じ射程上にある近いけど違うものに脱線させるというのか。

小林賢太郎の書くコントは、背後に物語性・文脈性を感じさせる雰囲気作りが顕著なのに対して、ジャルジャルのコントは、一回きりというか、文脈を必要とせず、ただその場でインスタントに出来上がった即席舞台でゲリラ上演され、終わったらたちまちのうちに消えているというインパクトがものすごい。

勉強になるところが多い。

個人的に一番気に入ったのは、『屁の足音』。読んで題字のごとく、屁の足音にまつわるコントである。

字面で引っ張ってきたイメージを舞台に立ち上げるのが、恐ろしく上手い。

 

買い物に行った。

たまにはちょっとやんちゃするぞ、と思ってチョコクッキーを買った。

べっとりな甘さのタイプで、少ししょんぼりした。

ちょこくっきー。

ラーメンズ『STUDY』の「QA」的な。

タマネギも安かったからいっぱい買った。

血液サラサラ、刺されたらぴゅっぴゅ。

早く替えのシーリングライト来ないかな。

では。