他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

口実と手立て

相互理解というのは、バケツにかまぼこになれと言うのと同じくらい、無理筋な事なのだなあと思った。何回目だか分からないが。およそ対岸にいる二人の人間の言説を読むと、比喩でなく眩暈がしてくる。星空以上に、銀河以上にディスタンスだ。ムムム、と、ジャムパンを食べながら唸る事しかできない。こういう時、自分が想像主であったなら、どうするのだろうな。『ジャックポット』をちょっとだけ読んだが、一日のうちにちょっとしか読み進められない。短編ばかりではあるのだが、一つ読むだけで、頭のエネルギーが相当持って行かれるのを感じる。面白いのだが。文章を書く時に、その音が連れているノイズを削ぎ落とす事なしに俎板の上に乗せると、こういうものが書けるのではないかしら、という感覚がある。それをどこまで一緒に出すのか、というバランスも含めて。なかなか難物だ。よく分からない人間としてまだふわふわ現世を漂う事が決まったので、どうでもよくなったのか、それともただ存在するだけに費消するエネルギーが足りなくなったのか、また一人で牛角の食べ放題に行っていた。一人で全ての事ができれば、楽だろうなあと思うのだが、私はそこまでversatileではない。ないし、他人を介する事で、アイディアが突然飛翔したり変化したりするので、その価値は認めている。エネルギーをめちゃくちゃに持って行かれるので、疲れるなあと思うのは確かだが。貶下(へんげ)という言葉があるらしい。PCの辞書機能では意味がポップアップしなかったけれども、まあ、字面で何を言っているかは分かる。分かりやすく、嫌な字面だな。何回か、短い間隔で焼肉を食べに行って再確認し硬度を増した自覚があって、やはり肉の嗜好順は鶏>豚>牛なのだが、まともな肉を食べられる場所に行くと、鶏の立ち位置はかなり怪しくなってくる。焼けるのが遅いし。豚のホルモンが美味い事は分かった。牛のホルモンは、脂のつき方がなんだか下品な感じで、ぬいぐるみの中身みたいに、白いのがぷくぷくしていて胸にくる。最後の方は牛タンばかり食べていて、こういう脂のない、肉の肉たる所以部分だけが幅を利かせている物質っていいな、と思った。髪の毛がだいぶもしょもしょしてきたので、散髪の季節かもしれない。前に切ったのはいつだっけ。2週間前あたりが一番ちょうどいいのだが、髪の毛の成長をストップできる能力でも欲しいものだ。あと、以下は帰り道の感想です。<近所の公園にある桜の樹が満開で、でも散った花びらが夥しくそれはそれで汚かったので、「パンツにシミがあるというのはこういうことなのかもしれないなあ」と思いました。>