他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

5日くらい使い忘れていたネギをやっと切った

何をしたかの記憶が薄い日なので、何もしなかったの濃度が高い日だったのだと思われる。何もしなかったのだから濃度が低い日なのだが、円グラフの中身がない方に着目した場合の数字だからであって、中身がある方をメインに据えればした事の濃度が薄まる。薄かった。そして、今は夜なのに蒸し暑いのだけれど、このところの気候は本当にどうなっているのだろう。昨日は寒かった気がする。本当にそうだったかは自信がないが、寒かったような気がする。スーパーの買い出しで、とても久しぶりに豆腐を買った。豆腐は一度開けるとひたすらに縮んでいくくせに、たくさん入れると水気で味が薄くなるので、一食でそんなにたくさん消費できない。あるいは、ほとんど味のないものをなぜにして買わねばならねばならぬのだという味の濃さ至上原理みたいなメカニズムが働いているから買わなかったのかもしれない。冷奴もあれば食べるが、進んであらんとさせるほどではなく、そもそも豆腐料理のバリエーションがそんなに思いつかず、手に余る同居人のように感ぜられるからだろうか。今日も、鮭と鱈のアラは確保してきた。あまり客にそのコスパのよいパックを知られたくないのか、ものすごく隅っこに、おまけに上に別のパックを乗せられた状態で陳列されている。あからさまにこすい。余ったら捨てられるのに、いやそれ以前に、アラ自体がポイされる一歩手前みたいな立ち位置なのに、一体鮮魚部は何を考えているのだろう。ついでに言えば、鶏皮も鶏皮という部位のくせにやたら高い。前暮らしていたところの最寄りスーパーでは捨て値で売られていたのに、西友はどうせ商品として売るならちょびっとでも利益出したろみたいな下心を感じてしまう値段設定を感じてしまう。鶏皮だぞ? またふらりとアニメが観たくなったので、アニメアニメしていて疲れなさそうなものを探して、結果的にネームバリューで『ぐらんぶる』を一気に観た。観るか観ないかの極端な性質をどうにかする気があるのかないのかわからない。バカテスは小説を全部読んでいたので、あの原作者ならハズレはあるまいという打算に裏打ちされた行動であった。観ながら、「な〜んか、こう、一枚隔てた感じのむず痒さがあるな〜んん〜?」と思ったのだが、漫画だともっとカロリーの高い画面作りらしい。ラーメン食べに来たのに油少なめ味薄め麺半玉みたいな、「お前は本来もっとギトギトしているやつだろうが!」という感覚はそれに起因していたようだ。界面はバカにできない。