他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

全自動見世物小屋

今日はシーツを洗った。洗った。それはもう、洗った。洗濯機に入れただけだが。しかし、普段とは違い、布団を棒状のものでバシバシしばく作業をやった。この作業に従事したのは、もしかして人生で初めてかもしれない! 直線の先っちょに源氏パイがくっついたような、専用のそれは持ち合わせていなかったので、フロアワイパーの先っちょ、ぐりぐり回るところだけを取り外して、柄の部分だけでバシバシやっていた。私は目がすこぶる弱いので、少ししか視認できていなかったが、この布団を買って以来初めてのバシバシである。この作業には、正式に名前が付いているのかもしれないが、とりあえず。叩いた。縫い目のところにある、茶色いような、白いようなつぶつぶは、結局何なのだろう。怖くて深く考えずに過ごしてきたが、本当に何なのだろう。ああいうのが、ある程度、除去されたものとして考える。まだ、少しだけ、午前中はMPが残っていたので、布団に掃除機もかけた。縫い目のところに髪の毛やらホコリやらが溜まるのは、一体全体どのような原理によるものなのか。これもまた、深く考えると恐ろしくなりそうだ。晩飯を食いながら考えた。今は、心が外食に向かうサイクルの時期なのではないかと。サイクルが持つ指向性が、外に出るのめんどくせえというより上位の心的原理に抑え付けられている状態である、ような気もするし全く関係ないような気もする。とにかく、家であんまり飯を食いたくねえなと思った。昨日で、小林賢太郎が公開したソロ公演を全部観終わったのだが、2008年のDROP、これは本当に面白い。永遠に観ていられる。永遠に流しておける。ずっと流していた。他の公演と何が違うのか、ひとつには声色を変えるネタの多さとか、「ふざける」のトーンに近い無邪気さというかはしゃぎ方がどうにも私の心に訴えかけてくるところがあるようだが、不思議と惹きつけられてやまない。確か「椅子落語」だったと思うが、毛虫の話がとても好きだ。「コミヤヤマ」の、ふざけて人を舐めくさしたようなのも好きだ。なんだか、とてもよい。「サウンドノベル」も、いい。ソロ公演を、一度、生で観たかったなあとやっぱり思ってしまう。洗濯物は乾いていた。餅を食う、いい付け合わせみたいなのがなかったから、いや、今思い出したが、冷蔵庫の最上段にごぼうおかかがあるな、あれで食えばよかったが、朝はそれに思い至らなかったので、醤油を適当にぶっかけて砂糖を適当にふりかけて食べた。なんか、そんな感じのやつがあった気がする。