他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

ベルトと合わない

昨日の夜、村上春樹パン屋再襲撃』を読んでいた。なんなら、その前に伊坂幸太郎『ホワイトラビット』を読んでいた。めちゃくちゃに面白かった。私は、伊坂幸太郎のすごいところは、話の筋の運び方ももちろんなのだが、人物像をじわ、じわ、と滲み出させる事に関する、そのさりげないが確かな手法だと思うのだが、どうか。この本は、かなり技巧的なところがあるので、どうだろう、人によっては冷めるかもしれない。人物造形は、大変楽しかった。で。村上春樹の話だった。結論から言うと、文体がすごく好みだった。また、文体の感触をイメージで語るので伝わらなかったら申し訳ないが、上っ面がパンパンになったような、こちらを一瞬たりとも真面目に眺めていないのではないか、という、ほわほわした文章。しかも、これは初期短篇なので全部そうかは分からない、まともに読んだ覚えがあるのは(そして内容はすっかり忘れている)ノルウェイの森だけなので、全部が全部そうなのか定かではないが、話の締まりが、ない。ビッグマックを強盗しに行く話も、象が消える話も、妹の話も風呂敷が畳まれない。物語が、そこにまだ、べっ、と延べられたままで終わる。堪らなかった。この形容詞が正しいのか、しかし私はそう捉えているところの、生産的でない、ただの話である事が気持ちよかった。今回、適当にひっつかんで買ってきた文庫本たちは、指運(この単語を使っているのは西尾維新しか見た事がないし辞書に載っていない、造語なのか漢文的方面に指を伸ばせば存在するのか)がよかったと思える、かなりの豊作である。開高健は、本当によかった。よかったので、人生でもう一度読み直す事はないかもしれない。よかったゆえに。この気持ちね。第二次エマージェンシーコールのせいか、繁華街の方を通り過ぎると、20時までしかやっていない店というのも、そうなのだが、そもそもやっていない店も少なくなかった。宣言を受けて、営業休止します、という張り紙がそこそこあった。きっかけが、今のものなのか、本部の再編によるものなのか分からないけれど、チェーン店も、2店同時に近隣で引き上げたりしていた。変なところにもう1、2店舗あるが、あれらももしかすると閉業している可能性がある。4月に休業して、そのまま息を引き取り、店の中が次第に汚くなっていくテナントや、2月あたりから休業に入って、そのまま音もなく死んでしまった店もある。まず一度落ち着いた後、1割くらいはなくなっているんじゃないだろうかと思った。