他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

nothing but nothing

晴れたので洗濯物を干した。晴れている時に洗濯物を干すというのは、つまり当たり前なのだが、晴れの中に、そして終日晴れであろうという根拠のない自信と共に洗濯物を屋外に放り出すのは、人生で指折りの気持ちがいい事だ。家が出窓ではなく、ベランダや縁側であれば尚の事よい。尚の事よいとは言ったものの、縁側から降りて物干し竿に洗濯物をしばくタイプの家に住んだ事もお邪魔した事もない気がする。日常の東雲研究所みたいな家屋は、随分とその数が減っているんじゃないだろうか。心の中にほくほくと抱いたその前向きな感情は、がたがたぴゅうぴゅうみしみし響かせる強風がお外を大きな顔して闊歩しているのを聞きつけた瞬間に、枯葉と一緒に吹き飛ばされて行った。風が強いと、洗濯物が脱落したり物干し竿の出窓から届かないエリアに吹き溜まったりして面倒なのだ。風が吹いてパンチラハプニングが起こるほど現実はフィクションではない。何の話だ。少し暖かかった。屋内にいる時は上着を脱いでもよかったかもしれない。5分でちゃきちゃき終えられそうなところを3時間くらいかけられると心が耐えられない。身体は緩慢と停滞に耐性があっても、心があれだ、ナパームデスのアルバムのタイトルになってた、ユーティリタリアンだ、なんかそんな感じなのだ。あるいは、最短ではなくとも短い経路が見えているのに、わざわざあっちこっち行く事はないだろうという事なのか。めちゃくちゃ眠いけれどどうしてだろう。眼が眠いのじゃなくて、頭が、心が眠い。こちらがより本質的な、あるいはより即物的で安心できる眠いである。この衝動に流されて、滝を落ちて、深く眠るとめちゃくちゃ気持ちがいいのだが、大体こういう入眠の仕方をすると、寝汗がぶあっと出ていて、深夜の変な時間に一度起き出す事になる。寝汗の水風呂とか作ったら、最高に、いや最高ではないが、かなりの強程度気持ち悪いと思う。寝汗は、あの、歩む事をやめたかのようなべったりとした張り付く感じがおぞましい。でも、エロ漫画で寝汗を見ると別の意味で捉える事ができる。物は見ようだ。見よう見まねで、本質を掴み損ねているかもしれないけれど、見られないよりはいいかもしれない。何を見ているのか分からなければ、見ていないのと同じなのだが。眠いなあ。枕と膝枕ではどちらが気持ちよく寝られるのか。寝返り打てる範囲が違うが、そこを埋めるアドバンテージがあるのか。隣に人がいてもぐっすり寝られるのか。分からん。分からん事ばっかりでも、知識欲は湧かなくて眠い。

バルコニー栽培のレタス

起きたら雨が降っていた。起き抜けの雨はとても気分が悪い。ただただイヤとしか言えないイヤはなかなか珍しい。ともかく、雨はイヤだ。嫌だし厭だ。結局、一日中降っていた。洗濯物を干したのに室内干しになった。室内干しで、カーテンレールからだらりと不健康に下がったハンガーと、それからくずおれる洗濯物は、生とは真反対のイメージを抱かせて、なんだか気持ち悪い。パリッとするわけでもないし。乾いていると判断するほどに干上がっているわけでもないし、しっとりへばりついてくるサマが耐え難い。月が変わったが、カレンダーをめくったりやぶったり書き換えたり置き換えたりする習慣がないので、毎度毎度毎度の事ながら実感が薄い。0.01mmくらい薄い。いや、ないかもしれない。数字が変わっただけで、実際区別弁別のための数字の大きい方が変わっただけに過ぎないとすると、まあなんか些細な変化に思えてどうでもよくなりそうだ。左手の薬指と小指が局地的に妙な荒れ方をしていて、薬指が特に顕著だったので気にしていたら、そこだけ妙に爪が伸びていたので切った。爪は、白くなった部分とまだ白くあんってない部分で呼び分けられているのかしら。それとも、ただ全て全部が爪でnailなのか。切った後の爪は、抜けた後の髪の毛や歯ほどではないが、不気味で生理的に気持ち悪い部分が多分にある。切った後の爪。全長5ミリくらいの、薄いかまいたちみたいなフォルム。気持ち悪さが拭えなくて気持ち悪い。あれを多数揃えて撒き菱を作ると、さぞかし気持ち悪いだろう。そも、知らない人間の切った後の爪カスという概念が不気味だ。一週間前かそれ以上前か、全く覚えていないが、スーパーで買って、サッカーで詰め忘れたっぽい卵パックを今更になって悔やみ始めた。買ったままどうしようもなく棚の中に放っているチャーハンの素、これとご飯を炒めて卵を溶き入れたら簡単にチャーハンが作れるらしいのだが、卵がない。適当に作った料理に卵を入れておけば、ワンランクグレードアップした気がする。炒め物は向いている。スープも悪くない。煮物は微妙だ。一度ゆで卵にしてから入れる分には違和感がないのに、溶き卵で繊維か湯葉のバケモノみたいな形で入れると途端に馴染みが悪くなる。寝る直前に風呂に入るように生活スケジュールがずれて、朝起きると髪の毛がとんでもないはね方と逸脱をしている事がある。たまに、部屋に生ゴミの匂いがするようになった。暖かくなっては来ているのだろう。

薄片ビンタ

朝起き出してゴミを捨てに行ったら、ポツポツと雨が降っていた。雪が降ってから、暖かくなり始めて、そろそろ外套も必要なくなるかと思われた予兆が華々しく挫かれた感がある。寒いよりは暖かい方がいい。暑いよりは暖かい方がいい。暑いと暖かいの境界は曖昧だ。暑苦しくなるくらいの方が、暖かみを感じるものかもしれない。最寄り集積所のゴミ捨てマナーはあまりよろしくないので、対応するゴミの日でなくても捨ててある。みだりに捨ててそれが収集日まで放置してもよしと思われるのを避けるためか、ゴミ捨て場にありがちな防護用ネットまで最近はとっぱらわれた。ただ、ルールに沿わないゴミが丸裸で横たわるようになっただけだが。それでも、意外な事に存外に、カラスに蹴荒らされるという事もなく、そこにある。俺の家のハンガーは強奪しに来るのにな? Fate/Zeroを観終わった。そういう終わり方なんですねえ。そういう終わり方を……するのか……。私はストーリーテラーがストーリーを紡績するのが大変好きなのだが、大風呂敷を綺麗に、それも見せつけるように畳まれるのを感じるとゾクゾクする。ゾクゾクした。これが人の頭から産み落とされた物語であるという事に。23話の、ライダーとウェイバーの会話で、本当に久しぶりに涙が滲んだ。ライダーはすごくかっこいい。底と裏のない豪放磊落でかっこいい。今は、充実した心持ちで、同じくプライムから見つけてきたstay nightを観ている。凛ちゃん可愛いね。制作スタジオも……。すごいですね……。牛乳を買ってきた。業務用スーパーは、まだ買い占めの大波に洗われてはいなかったが、店内のそこここに転がる水やら炭酸水やらの大量の空き箱を見ると、意外とそうでもないのかもしれないという気がしてくる。およそ考えられるものからおよそ考えられないものへ、逸脱の基本である。次は何が欠品するか分からない。徳用パックの鶏肉は綺麗さっぱりなくなりかけていた。上野さんは不器用の7巻が出たとか聞いたので買いに行った。ゲーマーズの外伝も。どっちもまだ読んでいないが、葵せきななので、そろそろ次回作の何かしらが出てくるだろう。木村心一はさっぱり動向を耳にしなくなった。Amazonの著者リストから遡っても去年の頭くらいで行き止まる。寂しい。帰り道、またファミチキを買って食べながら帰った。楽天カードに、エディ残高が3000円くらいあった。キャンペーンでもらった、自分の腹を痛めていないやつだ。エディを使うような場所に普段行かないから、すごく持て余している。

雨後の筍の中の茸

半額もほぼほぼ今日で終わりかと、約1ヶ月半にも及ぶ長大なキャンペーンを乗り切った戦士のごとき顔でCPクエストを回して最後のランク上げに勤しみ、ひと段落ついてマイページに戻り晩御飯でも作るかと思った矢先、お知らせに見慣れぬ文字列が並んでいて脳味噌がざわついたところ、何の因果か知らないが、なんとなく察しはつくけれども、グランブルーファンタジー6thアニバーサリーキャンペーンの延長が決定したそうです。毎晩VCで「そろそろ(もう)皆半額に疲れ切ってますね」みたいな話をしていたら、コロナとかコロナとかコロナとかのせいで引っ込んでいなければいけないせいで、在宅引きこもり自宅警備員を後押ししてくれる環境が整ったので、悲喜こもごも相抱き合わせてまたしばらく過ごす事になりそうである。ランク275まで……上がっちゃいますね……。住民票が必要になったので、区役所へ発行してもらいに行った。居住区の区役所は、税金でこんな小綺麗で立派なもん建てやがって、と毎回思うので、あまり好きではない。立地も内装もなんとなくイマイチなのだが、日本的な、「なんかちょっといい感じ」を醸し出しているのがどことなく性に合わない。ビルビルしいビルならば、没個性として目を開けて、目をつぶっていられるものを。フロアに到着すると、引くほど人がいた。想像の5倍くらいみちみちにいた。なんでや、今月曜日やろがい、と思ったが、そういえば、年度の切り替わりで、エアポケット的に、休みの人は大量にいるのだろうと思い当たった。引くほど人がいた。私以外の皆と言っていいくらいの皆がマスクをつけていた。まあ、それはそうか。マスクがないわけではないが、残弾2ほどで心許ないので、マジでやべー環境に行く時の秘蔵としておく心算だったのだが、そもそもこんなに人がいる事が予想外だったので、全部が全部大外ししてしまったようなものだった。書類を書いてから番号札を取るのではなく、呼ばれて大体をキーボードで打たれたものに署名とかをするような、接触防止策的な感じのフローに変わっていた。10分くらいで終わった。めちゃ速だった。楽天カードに、入会特典の有効キャッシュが入ったままピカピカで残っているのを思い出したので、ファミマでファミチキを買った。人生で初めてファミチキを食べた。記憶が間違っていなければ。冷食の唐揚げとかスーパーの惣菜でしか出会えない、あのぷるっとした、脂がつうと垂れるような、独特の透明な部分があった。あれ、何なんだろう。胸糞がウェポンバーストする味がする。

ペット用枕

ぽたぽたという音が聞こえて、雨は嫌だなと思った。嫌だったので、布団でゴロゴロしながらだらだらして、いざ身体を起こして窓の外を見ると、爪くらいの大きさの雪粒がはらはらと、しかし大量に音もなく降り注いでいた。天気予報、的中である。さすがに大雪と称するには控えめではあるが、これほどきちんとした雪を見たのは久しぶりかもしれない。かと言って、別に嬉しいわけでもなかった。部屋が寒い。部屋が暗い。目の前のブロック塀に雪が「積もって」いて、この辺でも積もる事があるんだと知った。これもまた、たまになのだろうけど。見ていると寒くなるので、その後は全然、一顧だにしなかった。昨日、寝る前に考えていた事が、なんかあったような気がするけれど、忘れた。重要な事ではなかったが、些事と笑い飛ばす事でも、なかったようなそうだったような。今は、いつにもましてやる事が、あるいはやっても構わなそうな事の幅が狭まってしまったので、とりあえず家に引っ込んでいた。グラブルのランク上げの間に、なんか観てえなと思ってAmazonプライムを引っ繰り返し、観た事がなかったしこんな事でも観ないかなと思ってFate/Zeroを観ている。第1作のstay nightは観た事も読んだ事もないが、知らなくても観られる。プライムの中にあるのかしら。まあ、それはそれとして。観ながらずっと、「おもしれ〜〜〜〜〜」と心の中で叫んでいた。おもしれ〜〜〜〜〜〜。知り合いにFGOをやっている人間はそこそこいて(グラブルをやっている人間はいないので少し寂しい)、それでも全然本筋を知らなかったのだが。昔はFate周りの絵が苦手でどうにも近づかなかったのが、最近は平気になってきたのでやっと触れたけれど。めちゃくそに面白いな。なんだこれは。ストーリーテラーストーリーテラーとして、2000%くらい顕現している。えっ、まさか、と思いもしない展開は、作者が思いついたからそこにあるわけである。戯言シリーズあたりの西尾維新でも読んでいるかのような、分厚くて生々しくて、匂い立つ人間臭さにクラっとする。キャラクターがばっちりdistinctで、群像のいちいちが強烈だ。ライダーがたまにする語り、すんごいかっこいいんですよね。面白くてよかったし、気まぐれを起こして観てよかった。まだ全部観終わってないけど。元のノベルも読みたいんだけど、入手方法知らんからな〜。知り合いに聞くか〜。

なっくるボコボコ

疲れて帰ってきて、ちょっと仮眠してから起きたら別の疲れが醸成されていた。水銀のように滴る疲れから、曇った疲れ。フォトショップの、泡がもこもこしているようなエフェクトレイヤーのそれ。電車がびっくりするくらいスカスカだった。土曜日だから、平日よりも少しくらい少ないのは当然として、それにしてもスカスカだった。ぽつぽつ、立っている人がいるくらい。座ろうと思えば簡単に座れた。自粛、の要請、なので。自ら粛々としなければ、まあ別に。普段と変わらない休みの日として過ごす事は可能である。賛否両論あるだろうが。二値のバーが、互いにどれくらいの割合を占めるのかは分からないけれど。そういえば、駅に行くまでの道でさえも、普段と比べると相当に閑散としていた。閑々としていた。まばらで、パラパラとしている。新年の朝くらいに。通り過ぎる店通り過ぎる店、大体に、要請に従いこの土日は休業します、とのビラがある。その方がいいと思う。経済的な問題はあるにしても。コンビニとかは普通に開いている。やっていてほしいタイプと、別にやっていなくてもいいタイプと。一律にシャットダウンできれば話は簡単だが、簡単な話なんてそうそうない。ここまで首が回らなくなるような事態、今まで生きてきた中であったような気がしない。最初で最後であってほしいが。頭が痛い。明日、雪が降ったり降らなかったりするらしい。どうだろうか。もう4月が目と鼻の先。ラジオで、明日車をしばくならばチェーンを巻くなりなんなりしろと言っていた。そんなに降るのか。あの周波数のラジオ局、土曜日の枠に、どうにも好かないパーソナリティがいっぱいいる。私は受け付けなくてダメだ。人の話を聞けるのは、その人が嫌いではないからである。嫌いではなくない人の話……。ごくごく普通に、ストレートに、全然面白くねえなとしか思えないから聞いていられないからだが。面白い話をするのは難しい。面白くない話でもしていたくなる人と巡り会うのも難しい。今年の夏は、帰省したらあれとあれには会えるだろうか。借りてきた本が全部つまらんくなったので返そうと思ったら、図書館が閉まっていて返せなかった。人から無言でパクってきた、太宰治富嶽百景走れメロスとかの岩波文庫をぺらぺらしていた。富嶽百景、最後の数ページがすごく情趣に溢れていてよかった。太宰治の文章は、違和感なく全ておしなべてスルスルと読めて、しっとりしていて、繊細で肌理の細かい感じがしてすごく快く気持ちいい。女生徒が、想像以上に「ちゃんとしてない」文章だったのでびっくりした。

居住不在

ゆうちょの通帳がさっぱりATM機に読み込まれないのは、磁気が弱まったとかそんな理由だった。磁気定期券からPASMOに変えた時は、ただピッてするだけだから楽だな〜なんて思っていたが、タダで発行するもの全てにICチップ的なあれこれを入れるのはコストがかかるのだろう。多分。昨日の帰りの電車が、夕方というか夜のハイタイムだったにもかかわらず6割程度の乗車率(詳しい定義は知らないが、直感とかけ離れてはいないはず)だったのが印象的だった。じわじわ来ているなと思った。じわじわだと思っていたのだが、スーパーに行って、お菓子をカゴに放り込んでいると、どうにも棚に異常なエアスポットがある。ヴァキュームがある。普段ならばどうやっても売り切れないような商品が、ぽつぽつと、あるいはごっそりとなくなっている。チョコパイが軒並み姿を消しているのには参った。美味しいのに。マスクは、まあいつ行ってもあの店では見た事がないからいいとして、ティッシュもトイレットペーパーも乱獲されていた。通り過ぎる人が皆んなして皆んなティッシュかトイレットペーパーかその両方を掴んでいて、休みの孫を引っ張り出して来て一人一点を頑張っている人もいる。野菜売り場では、普段絶対に売り切れたところを見た事がないような野菜がさっぱり見えなくなっていて、そういえば前はバナナが一切なかった。この辺でどうやら、ははあそうらしいなと思ってカップ麺エリアを覗きに行くと、見渡す限り一列、2メートルの高さの棚がずっと続く限りエンプティアンドエンプティ、ハンプティダンプティが落っこちたらよく音が響きそうなくらいに、本当に何もなかった。グラウンド・ゼロ。精肉も3割くらいしか棚が埋まっておらずまばらで、パンの棚もすきっ歯が目立っていた。うどんやそばや中華麺や、冷凍すればそこそこの日持ちがするアイテムの棚までまっさらに底を掃けるほどである事を確認する前に、もう思ってしまった。世も末だなと。世紀末ではないが、世は末である。ちゃんと末広がりになるだろうか。何にも買えなくなったら、どうにかなるまで毎食マックでも食いに行くか。この前ハナマサに行った時、普段では考えられない混み方をしていたのは、大体が買い込みをしていたのだろうね。あっちの言葉は使わないけれど。業務用スーパーなら向いたもんがいっぱいあるからなあ。今月の家賃は払った。ずっと忘れていた。なくなった洗剤も買ってきた。アタックは、パッケージからしてすでに「アタックだな〜〜〜!!!」という感じがするので嫌いではない。祖父が長らく使っていた、はず。

薄着の破裂

洗濯したにも関わらず、パジャマがくしゃみをした後みたいな匂いがする。不可解である。風がぶいんぶいんblowingする日に干したので、物干し竿のごく一極に偏り、各洗濯物の間で十分なスペースが確保されなかったため、中途半端に生乾きになってしまったのが敗因だと思われる。なお、同じ日に干したシーツは、溶け切らず流れ切らなかった洗剤が細雪のようにこびりついたままで、私が重度の皮膚病の持ち主だったらばたちまちのうちに炎症を起こして飛び上がるであろう有様だった。ティッシュで軽く擦ってみたが、さっぱり除去できる雰囲気ではなかった。パジャマの方にも少し固まってへばりついたままで、水が特に冷たい日でもなかったのにどうしてだろうか。借りてきた本のひとつ、他のは飽きたのでこれを読み始めたのだが、こいつの文章がとんでもなく肌に合わなくて、読むのが苦痛でしかなかったから明日から読まなくてもいいかもしれない。とんでもなくを「トンデモナク」と書くような、素晴らしくを「スバラシク」と書くような、私の内在するディシプリンとあまりにかけ離れた字面の日本語を操るため、精神的なアレルギー症状みたいなものがずくんずくんと響いてくる。なぜ、どうしてもエロゲを好きになれないのか、理由を自分なりに発掘できたので先輩に質してみたところあの人もそうだったらしいが、それとはまた別に、どうしてもこいつとは仲良くできねえなというオーラ、オーラが文面からぷんぷんする。習字ならば字は人を映す、なんて言うのだろうけれど、私にとっては文は人を映す、であり、その人がエッセイ的なジャンルを選択した時のスタイルで感じる手触りから色々決めてしまう。第一印象であり、第一文章である。そこまで合一でない事もままあるのだろうけれど、自分なりの尺度でありゲージでありテーブルでありスコープなので。自分の物差しを、一本は持っていないといけない。夜の街をぶらぶら彷徨して、以前見つけた唐揚げ弁当の店に行った。その界隈は横道が多く、いつもここを曲がるとあるはず、とターンを切ると2本くらい向こうだったりする。経験則を当てはめるのが、あの地域に関しては苦手だ。綺麗とは言えない店先だった。昼に見てもしょんぼりしていたので、夜に見るとやっているのか不安になるくらいだった。店員の覇気がなかった。受付口となる窓がちっちゃくて、直結する厨房で何がどうなっているのか分からない。ある程度作業プロセスが見えた方が安心する。電子マネーは使えた。楽天カード電子マネー機能付きで発行したのに、一回も使った事がない。衣が薄めで、醤油が強いタイプの唐揚げ。よく考えたら、家に炊いた飯はあったので、唐揚げだけ買えばよかった。モモ肉とかではなさそうな感じだった。

吊るし上げ茄子

ダイショーの塩コショウを買った。ダイショーの塩コショウは、形状が完全にダイショーの塩コショウで、私の頭の中では、塩コショウと言われると真っ先に思い浮かぶのがダイショーの塩コショウである。実家で、というか母が長年使い続けている塩コショウがダイショーのそれで、実家が今の場所になってから、台所の網棚に引っかかっている図太くて寸胴なそれに対して、一種の憧れみたいなものを抱き続けていた。その割に、今まで買った事がなかった。よって、買った。人生で、塩コショウを買ったのは初めてかもしれない。それぞれ単独で買う事はあっても、salt & pepperという形で買った事はなかったと思う。胴回りの太い感じが、とてもよい。二の腕くらいある。エロ漫画に見られるぶっといチンポくらいあるかもしれない。チンポの太さが、一体どれだけ挿入感や圧迫感に影響するのか知らないので、細いのが出てきてイマイチな反応をするのは分かるが、太いのが出てきたとしてもそれがスタンダードからどれだけ超過したものなのか、そしてそれが及ぼす諸々の変化は、などが気になった。塩コショウの話だ。ピストンの最中にすっぽ抜けて虚空に射精するような脱線をしている場合ではなく。ダイショーの塩コショウが、大げさに言えば塩&コショウ部門で家庭の味的なそれであり、加減が分からないので塩を軽く振った野菜炒めに、適当にサーっと振りかけてみた。思ったより射程というか、初弾の伸びがよく、フライパンの外に多少こぼれた。食ったらしょっぱかった。「塩」を振った後に「塩」「コショウ」を入れたわけだから、塩成分が2倍になっているわけである。当たり前である。けれど、その過剰分を差し引いて置いておくと、実家で食べる野菜炒めの風味がした。調味料くらいでしか味が変わらないのに、そして野菜炒めなんて素材が野菜だから風味にそこまで影響しないのに、どうしてあれに似ないのかと思っていたけれど、どうやらダイショーが答えだったらしい。昔とは少しパッケージが変わっているが、おおよそピンク的なカラーリングはそのままのようだ。世間の方では、またどんどん色んな話が出てきていて、目に見えないものに恐怖というか注意というか、抽象的なものに抽象的なものをぶつけるのが苦手なので未だに手触りを伴って理解できているわけではないのだけど。体験の共有を、浅いところならまだしも深い深度で、しかも多数で視覚化されてする事にどうしようもなく耐えられないので、消化の方法が分からない気持ち悪さで〜〜〜〜〜〜となる。

覇道整備工事

PCの調子が悪い。ずっともたもたしている。ぬるぬるしている。サクサクという副詞がよく引き合いに出されるが、あれを乾パンだとすれば、捌きたての鮮魚くらいぬるぬるしている。全然ダメ、とかではないが、快適では全くない。酷使しすぎたか。酷使無双か。グラブルの方では、ランクキャップ解放があった。そこまで必死に追いつくものでもないが、多少は上げておくつもりではある。去年の、と言っても当時はランクがカンストしていなかったので情報が全て揃った後の秋くらいに目にする事になったわけだが、韜晦と晦渋を煮詰めたフルコースみたいなものではなかったので安心した。ちょっと最後の〆がひっかけ問題みたいだっただけで。今日は早起きできたので、布団のシーツをひっぺがして洗濯した。洗濯したてのシーツで寝ると、最初の二日間くらいはとても気持ちがいい。すぐに皮脂が馴染んで、それはそれでいつもの寝床になるが。万年床という言葉があるが、私の部屋は布団を広げたままにしていると可動域がめちゃくちゃ狭くなるので畳んでいる。実際に万年床をカマしていた先輩は、たまに布団の下からゴキブリが飛び出してくると言っていた。朗らかに言う事ではない。布団を畳んで押入れに入れることを(押入れに入れるとは同語反復みたいで気持ち悪いが)「あげる」と言う。lift upとかそんな感じだろうから、漢字にすると上げるなのだろう。このあげるという動詞、現代でも生きているのだろうか。今の日本で、布団:ベッドの比率はどれくらいなのだろうか。寝具業界が統計を出していそうな気がする。布団派なので結果はどちらでも構いませんが。なんで布団の方が好きなんだろうか。エロ漫画の、ベッド上の行為における「ギシギシ」という効果音が好きではないからか。布団だとギシギシは言わないからな。床が腐っていたりすれば別だけれど。どれだけ寝返りを打っても、高所から落っこちて重傷を負わないから、とかかも分からん。洗濯物を干したのはよかったが、洗剤がマジのマジに綺麗さっぱり無くなってしまったから、次に薬局の側を通る時は洗剤を買わなければ二日後の朝にとんでもない顔になってしまう。どの洗剤がいいとか、そういうこだわりはない。薬局の店頭で安売りされているくらいのランクの洗剤であれば、なんでも。芳香剤とかになると、どうしても身体に合わないとかは出てくるだろう。すた丼でニンニクもりもりのやつを食べたら、本当にニンニクがもりもりだった。スタミナがつくと言われている料理、元が10くらいの人と、元が80くらいの人だと、ゲージの伸びの期待値が随分違うと思う。

ふりかけvsかつおぶし

手間がかからないのをいい事に、一週間以上ガラケーを充電せずに置いていた。電池マークの目盛りがあとひとつだけになってかなり長い間保ったものの、そろそろ怪しくなるかと思って充電スタンドに立てた。昨今では何でも大体ケーブルをジャックにぶっ刺すので忘れがちだが、スタンドに立てるタイプもあるのだ。電話の子機とかもそうだが、今の家庭は、家に固定電話を引くものなのだろうか。正直、携帯電話一本さえあれば困らないとは思う。掃除機もスタンド充電タイプのものがある。ニンテンドースイッチもスタンドか。完全に絶にして滅ではないか。読んでいて心踊る文章というか、なんかそんな感じのやつがなくてぼーっとしている。アタリがなぜアタリかと言えば、普通はたまにしか出ないからアタリなのだけど、フィーバーボーナスタイムを連チャンで引き続けたい、その方が楽しくはある。少しづつでも使い続けないと鈍ってしまう。切れ味を保ったところで、では何を切るのかという話になると立ち止まってしまうが。目的なくよく切れる刃物を持っているのは、怖いかな。平時でも大砲銃剣は手入れされるが、その時が来ない方がいいにしてもその時に備えて維持されている。あまりにも長閑で安穏だと、見据えていた目標が意識の地平線下に沈んで、直近にあるそれらの手入れだけを考えてその先に行かなく、行けなくなるというか。武器ではなく器具になる。買ったまま使われず埃をかぶる、筋トレ用品やダイエット用品のように。役割、ファンクションが抜け落ちた、ただ座標軸を占めるだけの存在、モノになったように思えてくる。でも、この座標軸にも値段がついていてお金がかかる。モノになっても、自分で自分の世話をしなければならない。何をするにしても、感情がついてきて持っていってしまうから、それが生成するあれやこれやを頭の中で考えながら磨いたりしないといけない。でも、目の前までしか有効象限がないので、壁打ちにもならず、積み上がっていくBB弾みたいなしょっぱい些事で生き埋めになっていく。太陽系としての1ではなく、デブリとしての1くらいでしかあれない場合、場合……。夜に寝つきが悪いと色んな事を考えるが、高級な事は分からないので手近にあるおもちゃで戯れるしかない。ただ、おもちゃはこちらの成すがままにされるというわけでもないし。結局何かしらを考えなければいけない。今日の飯とか。ここまで何も考えずに書いたらちょっと足りんかった。くらげになるには、何も考えない事ができるという才が必要だ。

麻縄と肉のストラップ

邪魔だったフランス語辞典の外函を捨てたと思っていたら、机横の棚最下段に押し込んであった。帯は捨てた。どうしてなぜゆえ、こんなに辞書はデカくて重いのか。理由は分かりきっているが。ペラい辞書はしょうもない。デカい辞書を使いこなせているかと言われると全くそんな事もない。ぼーっとしている時にぺらぺら流し読みするための国語辞典が欲しい。国語という表現が気にならないではないので、日本語辞典と言ってもよさそうなものだが、〇〇語は〇〇人に根差したものだから日本語で書かれたそれが国語と書いてあっても読めんやつは読めんでいいのだろうか。言語はバリアフリーとは行かないわな。だって、言語そのものがバリア、障壁なのだから。言語なくして、と考えると、ジェスチャーやら何やらが思いつくが、身体所作のいちいちに、文字に依った想起が、ネトゲのホームロビーに浮かぶユーザーネームみたいに姿を表しそうな気がする。完全に文字を切り離した、身体の動きが成す意味の体系が想像できない。朝起きて、布団でゴロゴロしながらぐうたらしていたら、物干し竿の方からガタガタと音が聞こえてきて、まさか昨日の今日で強襲を受けるとは思わず、すぐ立ち上がって窓の外を睨むと、すでにカラスの姿はなく、砂利石に落ちた長袖クルーネックシャツがへろりとその威容を伸ばしているだけだった。数秒だぞ。たった数秒で「いかれた」わけだ。なんだか、この辺のカラスから、格好の餌場として認識されているような気がしてならない。買ってきたばかり、ぴかぴか新品のハンガーをパクられたような気もするし、エナメルコートの剥げた古い方をパクられたような気もする。分からん。しかし、これから先、気が休まる暇なく、たとえ障害物がかかっていてもハンガーを力づくで奪い去られる危険性が出てきたというのは、どうにもいただけない。ちょっとマナー悪いんじゃないの? ハンガーを使わずに洗濯物を干せるわけがないでしょ〜〜〜。対価もなしにただただ奪っていくのやめてくれ〜〜〜。せめてね? ごんぎつねみたいに、干魚とか置いていってくれるならまだ僕もスン……となりますけど。百円一枚でも置いてあれば、ふーん、ってなるけど。ただの損失であり喪失なのでね。カラスくらいの質量がある鳥を直接的にしばく器具を設置するのも気が引ける。でかい生々しい、臭い肉の塊の処理を考えたくない。郵便局のATMに通帳を突っ込んだら、何回やっても機器を変えても読み取ってくれなかった。交換しなきゃいけないんですか? めんどくせ〜〜〜。

みたらし団子の串ランサー騎士

帰ったら一旦仮眠しようと思って寝たら2時間くらい意識が綺麗に飛んでいた。夜もこんな感じで朝に飛べると気持ちがよいのだけど。ゴミ収集日をすっ飛ばして出してあるゴミ袋があった。収集日守れよオメーとばかりに、ギリギリ氏名を推測できるプライバシー黒線を引いたDMの写真付き注意勧告書が掲げられた収集所で、なかなか肝っ玉の豪速球を見せてくれる。振り向くと、相当あからさまに監視カメラと目が合うのだが。もう少しで悪字の本を読み終わるところまで来た。つまらないわけではないが、胸がざわざわするような、エキサイティンな感じまでは至らなかった。アンパンマンは、やはりすごかったのだ。電車も駅も、人がほんの少し減ったような気がするけれど、やっぱりそれでも人がいっぱいいる。行かなきゃいけないところや、やらなければいけない事をperformしなければいけない場面の方がパワーがある。粛々とするには、生きなければいけない圧力の方が強い。この方がいいのかもしれない。心臓が止まって、自分で再起動するなんて、黒神のめだかちゃんしか知らない。特に言う事がないからな。トッピングまでしっかり注文して、その具をほぼほぼ残していた親子連れに対して、食べ物を粗末にするんじゃねえよとは思った記憶がある。カナダにホームステイした時とか、金を潤沢に持っていたあいつとか、食べ物を引くほど大量に、簡単に捨てていたが、一生できるようにならない芸当である。冷凍庫の中で、もういつのものだか分からなくなってしまったぼんじりにキツく睨まれる心地がするが。あまりに脂がしんどく、全く食指が動かなくなってしまった。カラスにパクられたワイヤーハンガーの損失を埋めるべく、百円均一に行って7本セットを買い足してきた。若干のハンガー不足を感じている場面でもあったため、積極的に数量増を図る口実に見舞われた事を感謝すべきか否か。5000円とかするコース料理を食べるより、1000円でトッピング増やした大盛りナポリタン食って、その足でマクドナルドに行って適当なサイドメニューでだらだらする方がいい。見ているものが、見定めるものが違う場合、そもそもディスコースが成り立たない。スポーツは同じルールでやるから競技になるのであって、振り回すものが違えばそれはただの衝動に踊らされるだけの暴力だ。競技ができない相手は視界に入れないのが吉だが、世界から暴力を拭い去るのは難しいと世界が教えてくれるので、インモラルファイトをどう飲み下すべきか、ずっと便秘。

ダイスカット干し肉

何日か前から親知らずが静かに痛み続けていて、飯を食っている時に絶えず意識に5%程度介入してくるので気になる。高校生だかの時に生えてきて、他の歯を害する事もなかったので見送られた弊親知らずsであるが、重度に差し支えなかったとしても、身体をシステムとして見た時にやはり引っかかるものではあるらしく、こうして稀に思い出しては存在を主張してくる。元々の歯並びもさしてよくないので、一本賑やかしが増えたところで山林がたちまち様相を変えるものでもないけれど。親知らずと歯肉の間に、辣油に含まれる唐辛子のカケラが入り込んだらしく、それもまた懸案事項である。業務用スーパーで、ポルトガルから輸入されたクルトンのでっかい袋が売られていたので、日常生活でクルトンに接する機会がインスタントスープに入っているクルトンしかない免疫の低さをついつい露呈し、「おっ、クルトンじゃん」とプレーン、シーザーテイストの2種類を買ってきたまま、使いどころが見つからず放置していた。乾いて中身がカスカスのくせに、元のタテヨコ高さからはそれほど変わらないからいやにかさばって持て余す。せっかく買ってきたので、冒険的な使い方をした。辣油と塩だけで味付けする炒め物に投入してみた。スープ以外に使い方が思い浮かばないのならば、目の前の現実にねじこむしか選択肢を広げる術がなかったのだ。フライパンにどばどば入れた瞬間、テフロンの表面に残っている辣油をごくごく吸い込むクルトンの姿が観測できた。まあ、妥当か。炒め物を作ったはずなのに、やたら油っ気が薄くパラパラしていたのはクルトンが全部吸い込んだせいかもしれなかった。チャーハンを作る時にそっと忍ばせると、パラパラする、のかなあ? カリカリしたのでもなく、スープに浸ってだらしなくなったのでもない、新しい食感に出会えたので、ナシではなかろう。納豆に入れたりすると可能性があるかもしれないしないかもしれない。適当に、思いつくまま言っているので分からない。理性の検閲が追いついてくる前に口に出さなければ、表層に浮かび上がってきて言語の枠で消毒されてしまう。適当に借りてきた、ギャンブル依存に関する本とかをぱらぱら読んでいたが、アンパンマンの遺書の文章は本当によかった。内容を読むためではなく、文章を読むために文章を読む欲が生まれる、こういう欲求構造をしているらしいと自覚されてきたので、スタイルと言うのかテクスチャと言うのか、これが合わない文章はとにかくつまらなくて先を読めない。難しいな。

ドラキュラの親知らず

昨日の風呂場で、剃刀を当てる過程で顎にあったニキビか血豆みたいなものを切ってしまい、いつぞやの「プツッ」という感覚を再び味わう事になった。今回は、鋭い痛みが継続する事はなかったので、ちょっと爪が引っかかった程度の可愛いものだろうと思ってバスタオルで頭を拭いていると、どうにもお腹の辺りにだらだらぽとぽとと、水分が混じっていてずいぶん希釈されているにしろ引っ切り無しに血液が垂れてくる。軽く拭うと深い赤、鉄分の色がじわりとしていて、なかなかの出血らしいと思われた。経験があるので、ティッシュで押さえていれば止まるだろうと考えて、まず風呂場を出ようとすると、入り口の扉にぴっと血が飛んだ。そこそこのサイズの雫だった。もし人殺しをしたら、ここからルミノール反応が出て、なんとかなるのかな、と考えた。ずっとティッシュをあてがっていたが、全く甲斐なく、ただじわじわと一定のペースで溢れ出し続けて、替えても替えても染みの面積が変わらなくて、これはよろしくないなと気付いた。貧血でぶっ倒れる事はなかったが、片手が常に塞がり続けるのは単純に嫌だ。絆創膏を貼ろうと思った。小さいのしかなかった。カバンの中から引っ張り出し、窓ガラスに夜闇をバックスクリーンにして姿を映し、多分この辺だろうと見当をつけてはっつける。貼った後も血が滴った。貼る場所を誤ったか。ガラケーの天面、ピカピカする方に顎を映してみる。東京メトロのアド映像で、作業員の人が使っているのと同じ機種である。たまに、今でもごく稀に、同じ機種を使っている人を見る。あと6年も経たないうちに消えてしまう光景だが。エイムは合っていた。器のキャパシティが足りないだけだった。ガーゼが抱き止められない血が、行き場をなくして重力に従っているのだった。寝るまでには収まったのでよかった。水曜日だと思っていたら、電話がかかってきて木曜日だと知らされた。漫画の、「ドヒャーッ」という飛び上がり方、あれに近い状態になった。身体が、だいたい平日とだいたい休日のふたつの感覚しか持ち合わせていないので、今日はそれがエラーを呼んでしまった日だった。ゴーゴーカレーに行ってカレーを食った。前にもらったトッピング券を使わないと勿体なかったので。気になっていたトッピングの揚げニンニクをつけたら、揚げたニンニク1バルブがカレー皿に鎮座して出てきた。一緒にビニルの手袋を置いていかれたので、これでべたべたにならないようによろしくやってくれという事か。何も考えずに掴んだらめちゃくちゃ熱かった。揚げているので当然か。コツを掴んでからはぽろぽろ取り出せるようになった。揚げニンニクの、ホクホクした、揚げニンニクを食べているという自覚を食べている感覚が好きだ。ニンニクの栄養素って、何かあるんだろうか。