他愛がない

めぞうなぎと申します。文字の話です。日記が置いてあります。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

チャックの閉まらない着ぐるみ

ゴミ箱を開けると濃密な生ゴミの匂いが蚊柱のように屹立したが、蛆が湧き出した後のゴミ箱の方がそういえば臭くない。匂いがてっぺん目がけて駆け上がるまさにその道中で蛆の発生が始まっているのだろう。あったかかったり寒かったりどちらでもなくなんとなくぬるま湯みたいな温度だったり、身体が阿呆になるほどではないが日和そうなくらいには再び気候の情緒不安定が顕現し出した気がする。また台風が生まれたり遠ざかったりしよるしな。気候として軸がぶれてるね。筋肉少女帯に歌ってもらいなさい。いや、それで居直られても困るのか。暴風雨吹き荒れて屋外がしっちゃかめっちゃかになれば、震えてるのも分からんもんな。上手くやるわあ、ほんま。明日洗濯物が捌けなかったらちょっとばかし困るんやけど、頼むよお天道さん。家の近くの定食屋が店先に出しているメニュー表を見ると、ポークジンジャーという謎の料理があった。ポーク。ジンジャー。考えるまでもなく豚の生姜焼きだった。豚の→ポーク、生姜焼き→ジンジャーだった。ポークが属格じゃない、生姜焼きの「焼き」が一切反映されていない等がぞろぞろ気になりはするが、お洒落に言おうとするとなんでもそれっぽくなるもんだなと思った。ポークジンジャーよ。それだけでジンジャーエールと同じ土俵に立った感があるぜ。それに比べると、豚の生姜焼きは、380円定食で食べられそうよね。件の定食屋はやたら高いのでほぼ全てのメニューがいち英世を越えるため、両者の間に圧倒的隔絶を感じるね。俺はバカだから雰囲気に流されて、ポークジンジャーがかっこよく見えちゃうね。でも、ちょっと待てよと。雰囲気が先行して、豚なのか生姜なのか豚と生姜なのか、もしかしたら生の豚肉ブロックに生姜がぶすぶす突き刺さった料理かもしれない格支配ガバガバ料理よりも、必要最低限まで削ぎ落として朴訥に背中で語る豚の生姜焼きの方が、もしかして性根もイケメンなんじゃないかと。ふたつをプロデュースされた時に、後々まで伸びるのは結局豚の生姜焼きなんじゃないかなと。俺はそう思うので豚の生姜焼きに一票入れるね。いつの日か、泥臭く鍛え上げた誠実な一撃で、ポークジンジャーをリングに沈めて欲しいね。その日が来るまで、俺は胸にこの想いを秘めてじっと応援してるよ。特に応援コメントはないのだが、それよりも、開けてしまった鯖パックとバルク買いの鶏モモ肉が終わりの匂いを醸し出す前にどうにかしなければならない。急務。

joint revision

よく寝られるっていうのはいい事だよね。ガラケー充電スタンドに突き刺しても、なかなか充電中ランプが点かずにイライラする事がたまにあるし、為した行為に対して何かしらのフィードバックがあるっていうのは、それだけでもうプライスレスよね。お金を借りたら利子がついてくるし、首括ったら死ぬしね。これはプライスレスというより、ファクトかもしれないね。例が後ろ向きに過ぎたけれど、世界と自然法則にスカンされていないような気分がして、ちょっとは精神衛生上よろしいかなと思う。マザーテレサが言ってたのは、本当に悲しい事は誰からも愛されない事だ、だったっけね。あの箴言、そういえば原語で読んだ事がないから、実際はどういうイディオムで表現で語彙レベルで文脈で、っていうのを知らないんだよね。巷間広く知られている名言も、実は元の表現から一人歩きしてたり、そもそもその人が言ってなかったりするしね? カエサルのet te, Brute? なんて、そもそも言わなかった可能性がある事に思い当たりもしなかったし。愛されてはいなくても、殴れば殴り返してくるくらいの反応がある方が、まだ生きてるし受動態で生きられているんだなあと思える。HPゲージの減りを老衰と衰弱に任せるだけだと、時計の針の足音さえ忘れてしまう。だから、舌打ちなんかでも、聞こえるだけで消極的に自覚できるものかもしれんね。もっと前向きな例を出したいけど、頭の中から例示されてこないのでね。頭の中の素材ストックに、そういう方面のもんが乏しいんだろうね。俺もね〜、なりたいよね〜、豊かに。溢れるほどの愛情を感じさせたかったよね。アフェクションキュアな人間に可能性感じたかったよ。実際は、おてもとに入っててたまに手に刺さるからあまり好かれてない爪楊枝くらいのポジションだからね。もっと愛され系人間の標本欲しいけど、愛され系人間の周りには愛する系人間がたむろして垣根ができてるから、源氏物語よろしく奥ゆかしく隙間から出歯亀覗きするしかないのよね。ストーカーは腐る程耳にするけど、ストーカーのストーカーはさっぱり聞き及ばないから、まあそういう事なんでしょう。消費税のポイント還元とか、頭沸いてる意味分かんない事しなくていいから、満遍なく人のあったかさってやつを再分配して欲しいよね。冷や飯ばっかり食ってる俺みたいな人間の舌を、問答無用で火傷させてほしいね。味が濃くなるほど、味なんて分かんなくなるからね、それくらいのthicknessで包み込んでくれよな。

一枚上手で刺し違える

久しぶりにまともな睡眠をとる事ができたので言う事はないです。恍惚絶頂の舞。あまりに快眠しすぎてド深夜に一度お手洗いに起き出したものの、布団に戻ってすぐ再眠が叶い、溢れる嬉しさに涙を拭う暇もないまま目を覚ましたら大幅に寝坊していてものすごい気分にはなりましたが、気分と体調を天秤にかけた時、ハードとソフトの違いを問われているわけなので、体調がいい方が望ましいよねというわけで不都合な事は全て飲み込んで聞かなかった事にしました。びっくりしていろいろあたふたわちゃわちゃしてしまって、午後2時まで何も口にしない羽目になったのはよろしくなかったけれど、身体が戻って来たような気がするのは僥倖である。頭蓋眼窩裏に張り付いていた白く痺れるような感覚も薄まったし、人生の苦渋カルピス、少しは希釈できたかなと思わないでもない。人生の苦渋カルピスって何だ……? 「お前ん家のカルピス、薄くない?」のノリで人に言える単語では絶対にない。そもそも、どうやって薄めればいいんだ? あるいは、元々が薄くて、艱難辛苦に炙られる事によって水分が飛び、いつしかどろどろの濃厚になっている、みたいな。そういう感じかもしれない。人生初期の、薄弱として銀色のベールみたいにかかった雰囲気は、確かに濃度低めのカルピスと言ってみればそんな感じがしないでもない。そうかあ、人生はカルピスかあ。この間カルピスは100周年迎えたばっかりだしなあ。人生も100年時代と言われているし、人間とカルピスは手を取り合って仲良しこよしで歩んでいるのかもしれませんね。昼飯を適切な時間に取り損ねたので、手頃な距離にある、まあ歩いて行くので足頃と言うべきかもしれないがそんな言葉はないので、ほどほどの値段でほどほどの味を誇る弁当屋に行って、完全に旬のおいしい時間を逃していたから、よく分からん弁当二つとよく分からん丼物大量だけが残されていて、手前にあった弁当を買って帰った。よく見ずにフィーリングで買ったが、豚バラの薄切りを片栗粉的なパウダーで塗り固めて、中華系の甘酸っぱい、なんか、こう、酢豚とかにまぶされているあんな感じのタレでギラギラにしたおかずが大量に入っていて、味が濃い上に意外とボリュームもあったので途中から悟りの片鱗を窺い始めた。食べる事は戦いだからね。戦いの向こうには死があって。美を感ずるものは死に近づいている、なぜなら美とは死相だからである、という文章を読んで、なるほどねと思った。おざなりな形容詞に、ここまでの地層はない。

adelon

逆にもう寝られんでいいや! この話終わり〜! サバサバ系女子目指して後ろ向きな話断ち切ってこ! 目黒のさんまで偉い人に出される秋刀魚も脂抜かれてけっちょんけっちょんやったけんね! 今の時代にむつこいもんは求められとらんみたいやけんね! 終わり! 寝れね〜〜〜! 以上! なのでもうどうにもならない事には拘泥しない事にしました。泥みたいな夜だけども、自分が泥人形になったと思えば、肉付け作業だと思って横たわってれば楽しいんじゃない? 楽しい〜〜〜! 泥団子を作るのにめちゃくちゃハマったぴゅあぴゅあ小児だった頃の事をほんのり思い出しますね。アスファルトにぶっつけても破砕しない泥団子を作ろうと頑張ってたから健気よね。とは言っても、せっかく作ったものをぶっ壊すのが忍びなくて日陰物陰にちまちま並べて結局壊さなかったのだけど。ゲームのセーブデータとか消せない性格してるからね。かけた時間の結晶をぺろっと消すなんて、少なくとも私は無理だよね。ポケモンのデータを何回もしばいて遊んでいる同級生の気持ちが一ミリも理解できんかったね。今もできんけどね。みんな思い入れとかないのかな。データだってのは分かるんだけど。そうじゃなくて、こう、情で動いてるからね。理学部の情報系は理情と呼ばれる事もあるらしいにしても、理と情は別のものだから。俺はどっちかと言わなくても情で動くので、算盤叩くのがめんどくさいんよね。情動ですよ情動。道理とは言うけど動理とは言わないから。にんげんにんげん。にんげんは人間に弱いけど。じゃんけんで言うなら、ぐー一個に対してちょき1000個みたいな。物量は強いよ。お腹いっぱいになるまで食わせて、そこからさらにリミットブレイクして食わせたら人を殺せるもんな。あった方がいい量の量で世界は溢れている。世界がな、昔信じられていた通り円盤型だったらな、いらん余剰がどこかにナイアガラしていたのに、変に丸だからな。球だからな。逃げ場がないんだ。そりゃあ、後ろから追ってくる不安感が目の前にも現れてくるよ。あー無理無理、飯食ってクソして寝よ、に酒も介入しないし最後の寝よも叶わないあたり、糞詰まりって感じがして食えたもんじゃない。何? 俺の身体の中で、眠気が便秘になってるの? 何かでつっかえてるから、眠気がぶりぶり降りてこないの? 仕方ねえな〜。後ろでつかえてる何かのために、身体張って虎穴から這い出しちゃいますか〜。固辞? 出てこいや。

オストマ

もうここまでダメだと「もうダメだ〜うふふ」と笑うしかないね。体調の下り坂感がおむすびころころの終着点がないバージョンみたいに思えてくるね。起きた瞬間からバキバキに頭痛くておよそ働かなかった。世界の都合の狭間に生かされている感があった。埃にも寛容でありがたいね。呼吸に撥ねられるだけで天を地への大騒ぎになる卑小体が見えんだけかもしれんね。宙空の埃が俺を見ろ俺を見ろって自己主張してくる事もないから、よく考えなくても当然かもしれないけども。枕を頭の下に押し込んでみたり抱きしめてみたり股に挟んで抱き寄せてみたり、布団を被ってやっぱ暑いからお前はいらんとツンデレしてみたり、生きる事と正反対に邁進しようと生きているだけで外が白んでいた記憶がある。そりゃあね。綺麗な海に油田垂れ流しするみたいな時間の使い方ぶち上げてたらね。頭の一つや二つ痛くなりますよ。頭は一つしかないけど。ゲリュオーンかよ。逆に、なぜこうなったのかを考えてみると、考えてみるまでもなく、そういえば半年に一回くらい、こんな発作というのか持病というのか、生き物として水飴程度に落ちぶれるサイクルがあった気がする。春くらいにもやった気がするな。じゃあこれはそういうやつか。頭取れればいいのに。髪が目にかかるくらいになってきて、たまにしぱしぱして気になるので髪切りに行こうともはや行きつけになってしまった理容店に行ったら、若いのが自分だけしかいなくておやおやおやあ〜と思ったが、外観も昔ながらのザ・理髪店って感じから数歩も離れていないし、店の雰囲気もミドルエイジ以上でばっし〜と決まっているしで、よほどの事がない限りはここには若えのは来ねえだろうなそりゃあなと思った。もう、元号2つ前のまま時が止まってるもんね。でもそういう時の流れの脇にある淀みみたいな場所好きなんよね〜。来ちゃうよね〜。普通の美容院? 的な? 照明からも瀟洒が滲み出ちゃうみたいなところ? 行った事ないけど、会話がおまるvsマッチ棒くらい成立しなさそうだもんな〜。いくら話術が巧みだっつっても、そもそも言語が違ったらそこに話が生まれなくて術が介在する隙間もヘチマもないからね。カインズのスマート収納ボックスと奥ゆかしい桐箪笥が会話できそうな気がしないもんね。眼鏡外されて耳元至近でハサミの金属音がするの、今変な気を起こしたら俺殺されちゃうかもしんないなっていう緊張感があって、正直あの左半身腑臓がぴくつくような怖気のためにお金払いに行ってる気がするね。色んな道具を通して、歴代のおっさんと顔面おしくらまんじゅうしてる気分になるのもポイント高いよね。ふへっ。

feast of the phale

少しだけ湿気が復活したので、微妙に過ごしづらい気温だったが、それは看過できるし見過ごせるし優しい気持ちで生ぬるい温度でうんうんたまにはやんちゃしたくなるお年頃だよね分かるよと大先輩のネイチャーに先輩風を吹かせようとして身体が追いつかずに大人しくぽつぽつやっていたわけだが、それにしても一度手放した睡眠周期というか、適切なリズムというか、もともと変態的変拍子を転調で彩るカッティングエッジな生活習慣ではなかったのに、四つ打ちみたいな分かりやすい足取りを完全に見失って、今、めちゃくちゃに困惑しているよね。朝、目が覚めたら11時AMだった時の気持ちよね。俺が4時くらいまで寝られずに、艶のある腰使いで布団をぺったこぺったこ餅ついてたのは一体何だったのかと。11ー4=7だから。あのわけ分かんない、何一つペイのない空虚な時間を活動時間にスライドできるなら、今日一日もう少しだけ実りのある日だったと思うよ。いっぱい寝たのに、寝つきが悪かったから疲れて夕方くらいに2時間くらい布団で寝てるからね。もう自分でも我何処なりやが分からなくなってるね。頭の解像度の低さと身体の虚妄感が治らないね。今日はとりわけ生物としての形を保つ事で汲々とした日だったかもしれんな。生き物になりてえよ、人間になりたい。読んでる本の著者が青天井に、それは言い過ぎか、でもその分野の超弩級第一線に賢い人なのは分かるが、それにしても一見してもさっぱり分からん、これはネイチブでも知らんのとちゃうんけみたいなものすごい深度の語彙を使っている箇所に当たると、頭から逆さまにハチミツ池に身投げしてハチミツ漬けになって一生を終わろうかなという気がしてくる。scleroticって何よ? 辞書に当たっても医学用語っぽいのに、どうして普通の形容詞として使っちゃうのよ? センス? そこがセンスなのかな。見惚れちゃいますね〜。そういう語彙領域の力技シフト、でも華麗なウルトラCに見えちゃうみたいなの、すっごいよね〜。意味は自分で調べてみてね、納得いかないと思うので……。夕寝から覚めた後は、ただプリコネのクロエ絆エピソード見てたら終わってましたね。ラーメンズのコントにどハマりしてから薄々段々と、数値スライダーを右矢印キーで一単位ずつ動かすように分かり始めた事だが、声優って、演者ってすげえなあって思いますね。すごいすごい。声低くて肉付きの薄い子好きなんでね、じっくりボイスを聞いてたら外が暗くなってましたね。今夜はちゃんと寝たいね。明日赤い日じゃないし。

老婆心婆

それはもうくっそ寝られないので「無理〜〜〜寝れん〜〜〜」とくだ巻きながら寝返り四方八方万物必滅宝剣を振り回して3時くらいまで生き恥を自覚し、夜気の涼しさと掛け布団の化繊が醸す温熱の間に意識が飲み込まれてブラックアウトした後、目が覚めたら11時AM前で、だったら寝られなかった時間行動に回させてくれよ〜〜〜と思った。それなら8時に起きた方が効率的で能率的じゃん? あの虚無の数時間はなんだったのよ。寝ると決めてから身を横たえると、いくら寝られなくても電気をつけて行動を再開するわけにはいかない。そんな事をしてしまったら頭がロックのツーショットバーボンくらいガンギマリしてより一層寝られなくなるのは明らかである。100寝られないのと120寝られなくなるのと、何の違いがあるのかという話だが。酒の例えを出してしまったが、全然酒は飲めないので上記の例えは雰囲気である。意識が飲み込まれる話で思い出したが、文学上で名誉ある死に方の一つに「地面が裂けてそこに飲み込まれる」というものがある。大地に抱かれる? 冥府に誘われる? 的なあれとかそれで、多分名誉を感じる死に方なのであろう。ものすごくモチーフ的な死に方なので、まあそういうもんかと一瞬納得するが、地面に飲み込まれると言っても、普通の密度がある地盤に落とし込まれてからぱっくり開いた地面が閉じたら、カリオストロの城最後の方で時計塔の針に挟まれてぷちっとなったあのおじさんみたいになるんじゃないかという気もするが、だからモチーフの話をしてるんだよバカヤロウというところに話が戻ってきた。死ぬ時に名誉栄誉を感じたいとは思わないが、aeschlosではないといいなあとは思う。生き恥という言葉もあるけれども。生きてるだけで恥なら、死ぬ時にまでさらに恥の上塗りを重ねたくはない。恥のビッグマッククォーターパウンダーみたいになる。せめてマックよりはロッテリアモスバーガーくらいで死にたい。どういう事? それにしても、最近は自分なりの世界の正解を洞察する事が全くと言っていいほどにない。むしろ前よりも本を読む密度は上がってるんだけどな? やはり心が干魃地帯のように地割れしているのか。多少多めに水をかけたところで、数秒間地面の色が変わって終わりか。もっとこう、地下水レベルで改善していかないといかんよね。そこまでどうしようもなく心がバキバキに割れてるんだったら、その割れ目に身を投げて楽になりたいが、どこに迎え入れられるわけでもないからなあ。

ゴールデンベル

睡眠周期コースアウトの気配はさらなる悪化の一途を辿り、2時とか3時に起きて、それはもう眠眠打破に寝られないのでゴロゴロしながら5時を待ち、眠いなあと思いながら7時にかけた目覚ましを期待しながら意識を彼方にやったところ、目が覚めたら9時で、これはもう間違いなく身体がバカバカの大馬鹿ポンポコリンになっている事間違いなしである。眠い。変な時間から変な時間まで眠い。変な時間と言っても、時間は均質でのっぺり流れながらあくびをしているはずだから(相対性理論とかだと均質と言うにはあれだったような気がするが、そもそも表現の語彙範疇がどの辺にあるのか分かりかねるので何とも言えない)、時間は平等である。平等に扱わないこちらに落ち度があるのだ。おっちーど! おっちーど! 時間に人格を与えれば、平等に博愛で平等に同質だろう。博愛が過ぎればそれは誰も愛していないのと同じとは一体どこで読んだ言だったかそれはもう長い事思い出せないままだが、時間は誰にでも優しくて誰にでも優しくない。膝に取りすがる事を万人に認めてはいるが、嘆願悲願を聞き入れる懐はどこにも持ち合わせていない。ただ流れるだけで、ただすり減っていく預金通帳の残高みたいなもので、五劫の擦り切れなんて暇な真似を寛容する、ただ広がるだけの四次元ポケットだ。他のひみつ道具や、同じく取り込まれてしまった被害者一同を探し当てている間に、こちらの肉体が保たずにボロボロになる。なので俺は……。どうすればいいんだ。分からん。とにもかくにもゲロカスに眠いのだから。健全な魂は健全な肉体に宿るのだ(sane)。健全な肉体も健全な魂も、一体何じゃそりゃと言いそうになるくらいには疎遠になってしまったが、少なしラテン語ではそう書かれている。ギリシア語まで遡れるのかどうかは分からない。今日読んでいた本に、「カエサルは殺される時、最後の一刺し以外呻き声をあげなかった。あるいは、『ブルートゥス、お前もか』と言ったとも伝えられる」(大意)とあり、なんじゃそりゃと思った。スエトニウスの歴史書なので、あんまり下手な事は書いていないだろうから、現代でガンガンにアンプリファイアされて知っている最期とは全然違う。確かシェイクスピアの書いた劇が後者の仄聞を採用したドラマチック仕立てだったはずだから、そちらが反響しまくった結果なのだろう。カエサルの人柄を語り上げるセクションを読むと、押し殺して殺された方がらしいな、と思うけれど、タイムマシンでもなければ確言はできないか。

anceps

一口二口飲んでから一度やめた味噌汁を、次の食事まで置いておいて温め直し、具材の追加をすれば当初のものとは味が変わる。体力の限界が来て(特に何もしていないのに不思議だな?)23時過ぎにぶっ倒れて、日が変わって半時過ぎくらいに目が覚めた時に長らく味わっていなかった夜の半端寝が連れてくる気怠さを体感した。あれを体験するくらいなら、まだ海藻になって海の底で奇怪なダンスを踊っている方がましだ。ましかな。海の底はある程度まで行くと暗くなるし、気分がヘビーローテンションしてウーファーが脳底をずんどこぱっぱしてきそうな気がするので、やっぱり地上で干からびたくらげの真似事でもしといた方がいいのかな。起きたらびっくりするほど涼しくて湿気も控えめで、そろそろ夏の背中に涙咽びながら追いすがるのも終わりかなと思うようになったのに、どうして夏モチーフの例えを出すのかね。ハロウィンが過ぎた頃に、薬局の投げ売りワゴンでコアラのマーチパイの実なんかが旬を忘れてしまったが故に捨て値で売られたりしているが、頭の中にもそういう捨て値概念の叩き売りワゴンがあるのかね。まとめて連結して、脳内回廊を爆走して床と車輪が擦れるシャーっという軽快音を聴きながら真っ直ぐに続くどこにも通じていないアウトバーンをひた走りたいね。キノコを暴食してスピード上げたり甲羅投げて大破させたりバナナの皮引っぺがして挫折を味あわせるのも悪くないけど、ひたすらそれだけをやっていればいい環境に自分を置いて、空っぽの頭の中で情報整理が雑然としかし総体的に行われているのを感じる時間も必要で大切だからね。最近はそんな感じの、全きゼロに侵されてぷかぷかしている時間がないから砂を噛んで靄に巻かれたようになってんのかな。不透明度20%の存在から70%くらいの存在には回帰したいよな〜。今日は特に何もしてないな。新しく読み始めた洋書がくっそつまらなくて、前読んだあれは相当面白かったんだなというか、あるいは自分はこういう何かしらの理論系への誘いというかお手手スラストアウト系が苦手で嫌いなのか、とりあえずとにかく3行くらい読んだら魂がよその方へ環状八号線してしまうくらいにもういっそ集中できなくて、読むのやめやめ! 終わり! って気分になったのでやめよ。もうね。身体に悪いと分かってる事を無理して続けると、それを続けて得る利益から差っ引いた時にマイナスになるからね。生きるのあんまり楽しくないんだから、せめて楽しくないくないようにしたいよね。

解散と霧消

右足踵外側部の皮がどこかに行って半生の肉が直に擦れる痛みを起き抜けに感じた。原因は極めて謎のままだが、しっかりと皮は剥げて弱点をぺろぺろと曝け出しており、日中歩き回る時にパンツの裾がこれまたちょ〜うどよくここにバシバシ擦れて気が散るったらなかった。散るたりす。生肉だと弱いから皮を被ってるんだなとよく分かった。もっと心の生皮を剥いで剥き身でぶつかっていかないといけないね。早めに寝たのにまたカスみたいなクオリティの睡眠しかとれなかった。熱病で浮かされている時のぼんやりした霞みに少しだけ似ている、白と黄色の絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたくって水風船の中に詰めて破裂させたような脳裏がぎらぎらと目の裏を舐め上げてきて、常に眠くて眠くない。眠気と寝不足は別の次元に位置している。頭の中のトンネルが、ごりごりドリルマシンで削られている気がする。その先には金も銀もダイヤモンドもさっぱり埋まっていなくて、ただただ脳味噌のくすんだ色があるだけだ。どうして身体がめちゃくそになったのか原因は依然不明であり、健全でないタイプの眠気が熱いスープでだるい四肢が半生の練り小麦菓子で、獣道に迷い込んだまま出られなくなっている気がする。朝を迎えずに夜に閉じ込められて迷い込んでぷらぷらする方が幾分かマシな気がするけれど、暗いのが続くと抑鬱状態がふんだんに誘発される事を経験上知っているのでそっちはそっちで辛そうだな。これはあれかな。持ってないけど、睡眠薬でもバカ飲みしないとどうにもならんやつかな。あれよね、できれば自然状態で惑星も恒星もくるくるした方がいいけど、たまには神の手で軌道修正した方がいい場合もある的なそれよね多分。昨日は欧風チーズカレー、今日はチリトマトを食べた。カップヌードルの話である。なんとなく懐かしくなって、美味しそうなのをいつかに2つ買ってきていたので連日食べた。できるだけこういういい加減な食事はやめとこうね〜と思うけれど、しかしそれにしてもやっぱりカップヌードルは美味しいよね。日清はすごいよね。チリトマトは絶賛するほどでもなくて、まあ確かに美味しいけど手放しではなかったものの、欧風チーズカレーはすごいよね。説得力の塊だね。チーズがどの辺にあるかはよく分からなかったけど、カレー感といいヌードルとの一体感といい、あんなもんで食後のスープにご飯を入れて例のアレをやってしまったら、魂が地獄の釜で煮られて帰ってこられなくなると思うよ。

真新しい埃の匂い

昨日は夕方に寄ったところでよもやの事態が発生し、しかしまあ事前に予期していなかったわけでは全くないハプニングがアクシデントでテイクプレイスして、昼にラーメンの大盛りを食べたのに夜おっそくに焼き鳥食べ放題に行くというクソ生活習慣プレイをぶちかましたやんちゃな日だったゆえ日記を書きそびれ書く元気もなかったので事後の事とはいえこうして記録しておくわけよね。食生活が身体のどこに一番初めに響きだすか、というのは人それぞれあると思うが、私の場合は朝起き抜け目覚め立ての腹に来る。あ〜、不摂生の重たい不快な感触がそこに巣食って竦んでさっぱり動かんようになっとるわ〜という軽い失望に頭が鈍くなりながら起き出した。最近、何時に寝てもとりあえずほぼ寝付けず浅瀬でぱちゃぱちゃし続けていたら朝が来て5時にもぞもぞ行動を開始するも頭の中は白熱で爆発しているのがどうにかならんもんかな本当にどうにかなりたいわになってしまい、一日の終わりと初めのQOL値が連続して最低であり頭部を取り外してバブルサッカーでもしたい気分である。駅のホームで、彼氏の背中に身体前面をムニムニ押し付けながらぺたぺたしている彼女という組み合わせのカップルがいて、前面に回っても同じような接触面積をほぼ維持しながら交歓しており、もしかして俺のパブリック意識はめちゃくちゃ低いのではないかと思うほどなんかこうそういう感じで、好きにやってくれて構わないが人目につかないところでやってくれんなと思うのはいったい根源は何か。現実に首絞めセックスが存在する事を知ったのはつい先日だが、昨日ついにスパンキングさえも現実にそれとして存在すると知ってしまい、頭の中のエロ漫画知識によって現実が逆に補完されており、どう引っ繰り返ったって普通は事実を写してフィクションになるわけだわなといらん納得をしている。得たものを納めている場所が全く役に立ちそうにないものばかり手前に並んでいるのだが、過去に役立ちそうなものを入れただろうかと自問自答を図ろうとしてみると、そんなことないんじゃないという託宣が空間の奥から漂う怪しい霧で唆してくるのでまあ多分そうだろう。心中の「中」ってなんやねん、と思って2秒くらい考えたら、もしかして「中る」かも知れんなと思った。「あたる」と読む。なぜこんな読みを知っているのかは私も知らない。心が中って行き合わせて跳ね飛ばされて、なんかもうこれしかないわとなったものに心中するのかもしれない。

美味しさだけ洗い流して素材はそのまま

17時に帰れるかな〜と思ったらうっかり日が変わったので詳細は端折るが、どうしても言っておきたい事だけ残しておくと、帰ったら洗い立てのシーツで寝られるかと思ったら降り始めた雨でばっしょばしょにずぶずぶしていた元々シーツだった布の塊を肘まで濡れそうになりながら洗濯機に雫を零さないよう運ぶ気持ちの惨めさったらない。

風乱(ふらん)

除湿機能がフル回転しているのに、空調を止めた瞬間に全身に汗の膜が浮かぶような調子外れの室温の中で、全く寝られず寝返りを打ったり掛け布団を展開して抱きついてからやっぱりお前といると暑くてやれんわと突き放してみたり、夜と相容れない睦み合いに励んでいる最中、鎧戸を閉めたその向こうでは、ひっきりなしにずおおおおおおぶわああああびちゃあああああばたばたばたばたびゅううううと子供の絵本も裸足で駆け出して濡れた路面に足を滑らせ後頭部を強打、そのまま他界しそうな擬音がめくるめくスペクタクルで爆発していて、部屋の気温がどうあろうと結局ノイズで寝られなかったかもしれないのだった。よくもまあ、空からあんな量の水分がblowin'しながら降ってくるものだ。一晩中ショーシャンクできたんじゃなかろうか。あれだけ爆風だったし、場所によっては半端ではない木の枝が爆散したらしいから、そんな天候の中で天荒に逆らって大人しくせずマヌケヅラ晒していたら看板でもなんでも真っ向からおかおパンチされてぶっ倒れるだろうな。関わらなくても済む災害については、シェルターに引きこもって過ぎ去るのをただただ静けさに埋もれて待つのが一番、総合的に色々な面で見た時によろしい。窓際調理器具安置棚のそばに、ゴミ袋やらなんやらに使い回す用のビニール袋を貯めていて、なぜかその部分の床に落ちている新聞紙が茶色く変色していたので、もしかして知らない間にこの下でゴキブリでも踏み潰したのか、あるいは飲み物でも零したのかと掴んで持ち上げようとしてみると、バリバリと剥離音を立てて床が露わになり、そしてまさかの、ライターで焦がしたかのように黒く茶色く一面に変色していた。「!?!?!?!?!?」の波に飲み込まれた頭で、持ち上げた物質の一群の頂点を成す構成体に気が付いた。わーお。6月か7月にもらったまま、紙袋に入れて忘れっぱなしで放置されているみかんだかデコポンだか夏柑だか、その辺のそれ的なあれが、どす黒く茶色い粘液をねばねばに垂れ流してごろりとしていた。幸い、紙袋インに加えてビニール袋保護膜もあったので生理的嫌悪感のブラックホール終着点みたいな光景は見なくて済んだが、糸を引く胆汁は見るに耐えないものがあった。周辺に吹き溜まっていた埃や髪の毛もまとめてキッチンペーパーで拭ったりして、とりあえず全部見なかったふりでゴミ袋にぶち込んだが、痣のように変色したフローリングが残った。グッドバイ敷金。

涼しい顔

台風何号だか忘れたが、今年十何番目かのやつが接近しているらしく、昨日見せてもらった進路によると、関東の横っ腹を殴るどころか顔面真正面からどてちんストレートパンチな軌道を描いていて、あまりの真芯の当たり方にこれはもしかして台風の目に入るのではなかろうかというほどだった。台風の目。ピースサインした左手でぶっすーしてやろうかな。でも、前が見えなくなった台風がしっちゃかめっちゃかヘルタースケルターな進路をとるのかと考えると、それはそれで面倒臭そうなのでじっと正座して低気圧を感じていきたいと思う。明日ちょうど洗濯サイクルなのだがどうしたもんかな。台風の台なる漢字には何の意味があるのだろうか。踏み台にするようなものがあるわけでもないだろうし、何かしらが台頭しているわけでもないだろうし。気圧は台頭するどころか下がっている。いやでも、気圧が低いから気は上がってるのか……? 台頭しているのか……? 恐らくだが、民間語源みたいなものはこういうしょうもない考察と暇つぶしから生まれている。人生は暇つぶしって、何の言葉だったっけね。昨日の帰りに買って帰った、よく分からんジェネリックを極めたジュースが美味しい。パインアップル&マンゴーと表記されていて、正直パインアップルの時点で買うのをやめようかとは思ったものの、パイナップルの喉に引っかかる味が懐かしくなっていたのでノリと勢いに任せて買った。大切なのはノリと勢いである。最近は座右の銘がノリと勢いになりつつあるが、ノリと勢いで生きていくためには初動のmomentumが必要である。俺もな〜、バランスボールくらいにぽよんぽよんする人生がよかったような気がするようなしないような気がするよな〜。エアコンを直接つけるより、除湿機能で空調する方が電気代とか的に勝ちなんじゃないの? という話を昨日したので、それを思い出してもしかしてそういえばもしかするかもしれんなと思いリモコンの「除湿」ボタンを押下したところ、かなり快適な部屋温度になったのでこれは賢い選択だったなとホクホク顔でクーラーの前を通り過ぎたら、冷房とまでは言わないがひんやりした風がクーラーから吐き出されていて「?????」となった。除湿するために必要なのは、必要なのは……冷たい風? 冷房をつけても冷たい風が出てくるけど、除湿しても冷たい風が出てくるの? 電気代を気にして冷房を逃げ出した先にあった除湿という名のオアシスに見える底なし沼? ?????

身体で払えコンティニュー

道を歩いていると、肩に何かが掠れる感触を擬似的に体験し、葉っぱでも肩に携えたまま歩いていると恥ずかしくててへぺろりんこになるので一体どんな珍客が今宵は寄宿あそばしたのかと視線焦点を至近に絞り込むと、緑色の、例の形をしたあいつ、錆に塗れた鉄くずのようではないけれど憎し許さじの感情を否が応でも歓喜するあいつ、カメムシの緑色MASKver.がちょこんとこちらを向いて止まっており、思わず「うおっ! 人類の敵っ!」(原文ママ)と口走ってしまった。靴が雨にそぼ濡れた時もQOLは爆下がりするが、それのみならず、洗濯物にカメムシがひっ付いて屋内に入ってきた事を悟った瞬間もなかなか負けず劣らずQOLを暴落させる。この悪辣漢と渡り合うには、徒手空拳素手では無謀である。悪臭をへばりつけられたら最後、それが最期の時だからである。硝煙をつけないためとかなんとかの理由があるらしい、拳銃をぶっ放す時の白手袋同様(あれ、別に白手袋じゃなくても構わないんだよな?)、念のためにポケットに入れているハンカチを優しく握りしめ、一抹のかすかな願いを込めてそっとそいつを押し出した。押し出されなかった。頭の中に、カウンターまであと何フレームだ? と浮かんだ。要するに、食らわなければ痛くない。4フレームなら、ショーパンが刺さる。もう一度、駄目押しのつもりでぺいっと払った。あっ、という顔に見えた。緑色のそいつはどこかに行った。一見して勝利である。最後っ屁という言葉があり、最後の一斬りを浴びせて相手を嫌な気持ちにさせる事ができたなら、めだかボックス球磨川禊が異常に得意そうな手だが、結局はそいつの勝ちになってしまう。完勝を収める事ができたのか、それともこの手を汚す事になったのか、ハンカチを鼻頭に当ててくんくん嗅いでみる。……。臭くない。束の間の停留所になっていた肩口にも鼻を寄せて、ゲロカスフローラルに身構えたが、臭くない。臭くない……(キラキラした絵文字)。勝利であった。が、しかし、願わくば交えたくない刃ではあった。剣豪はいらぬものは斬らぬのだ。多分。剣豪じゃないしなあ。変に目が覚めて、あるいは構成システム終了の最後の10%が残ったままで、5時まで眠りに落ち込む事ができず、朝が来るなあ、明るくなって来るなあ、と思いながらゴロゴロしていた。人生がいつまでか分からないし、長さとその価値もよく分からんのだが、人生の総秒を総ライフに変換して、毎秒1ダメージを受けたら、尊さが分かるかもしれない。