他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

錦糸卵にナイフで切りつけて錦を損壊する

腹の中にある違和感が昨日から消えない。物理的にではなく、精神的に。気持ち悪い。なぜだろう。自分を不快に焼くような感覚がある。腹の中で、自分を相手に、自分が魔女裁判でもやっているのだろうか。自分の肉は美味いのか。美味いか? 私は美味しくないと思う。図工の時間が終わった後の、水差しに入った、絵の具が千々に溶けた世界の色相の分裂。あの味がしそう。寒色系の。茶色って寒色扱いになるんだっけ。あれをうんこの色だと考えると、暖かい感じがあるのか冷たい感じがあるのか難しいところだ。ひり出したてほやほやのうんこであればあたたかい感じだし、道端で転がった糞害のうんこであれば水分が飛んで表面が乾いて熱量を感じさせる感じではない。うんこに感じるエネルギーは、人によって違うだろう。ぱっと思いつくのは、表面が腸液でねたついて、湿り気のあるブラウンをした、しなを作ったような外気触れたてのうんこである。外界に産み落とされたうんこを目にする機会はあるが、腸内で誕生を待っているうんこを目にする機会はない。私はない。便秘の医学的講義でも受ければ、そういう経験値が溜まる事もあるかもしれないけれど、あるいは殺人とその後の人体解体が趣味であれば、腹部を切り開いた時に茶色の粘糸が体内に突っ張っているのを見る事もあるのかもしれないけれど。見たところで、何か発見があるのだろうか。おしっこは、外気に触れなければ匂いもなくだいたい水だと言うけれど、うんこはどうなのだろう。直腸に鼻を突っ込んで嗅いだ事もない。嗅ごうという気もない。ただ、苛々して、あてどのないエネルギーが身体の中で不必要に渦巻いて心を傷つけてやまない時間は、目的もあてどもない事を考えてエネルギーを浪費して自分が憔悴するまである種の自傷に励まなければやっていられないし止まらないのである。なんて自分に優しくない精神構造と精神経済をしているのだろうか。あぁ。今日の夜は寝られるだろうか。明日もまだ用があるのだが。明日もまだ用があるのか! 木曜から日曜まで、用が整列して姿勢を同じゅうしているのなんて、いつぶりなのだ。目的を持つと自己崩壊を始める肉の塊なのに、こんなでは、文字どころか音素まで分解されてしまいそうだ。本質的には同じレール上に乗っているものではないけれど。ただ、文章を書いているだけで自分を台無しにして一人で落ち込むなぞ、七面倒くさい奴である。私が私でなかったら絶対相手にしたくない。身体は残念ながら人生向こう一生ついてくるので、あやし方を繕っておかないと殺しながら殺されてしまう。