他愛がない

日記が置いてあります。タイトルと中身はあまり関係ありません。短編小説も書いてます(https://kakuyomu.jp/users/mezounagi/works)。 twitter:@mezounagi mail:mezounagi★outlook.jp(★→@)

入滅

昨日の夜思いついた事を試してみたら、想像の8割以上微妙で、何とも言えない顔になった。今もう一回見てみたら、やっぱりものすごく、何と言えばいいのか分からない気持ちになったので目を逸らすやらなんやらで心がざわざわする。イラストが自分で描ければ都合いいよな〜と思って十年くらい経ったが、そろそろ潮時なのかもしれない。都合がいいというのは、こういうのがいいと思う、と頭の中を開陳する際に、図像にして提示してしまうのが手っ取り早く分かりやすいからで、しかして私が情報を析出する際は文字・言語によるところ大なので、入口と出口が繋がっていてくれればよかったのだが、地下鉄の駅もAの何番出口から始まって、Fだの何だのあったりするので、これもまた自然な在り方なのやもしれない。自分で自分を持て余すというのは、不便だなと思ったが、近年は大体そんな状態のまま惰性で空気の流れに運ばれてきただけであるからして、それもまた不自然ではないのか。また気が散りまくりながら、タイフーンに巻き上げられたチリ紙くらいあっちこっち行きながら書いているので、まだ半分も行っていないのにやめたくなってきた。なんとか安定し始めたかと思ったのに、自分ではハンドルを握れないものだな。鬱へドーンしてしまった人が、本格的に発症する前に自分の機嫌を取る、的な事を考えていたようだが、自分の頭の中に、ちらっとその言葉が見えた瞬間があってギョッとした。私は、当時触れていた言葉に1〜2ヶ月、遅いと3ヶ月遅れくらいでかぶれるという奇癖があるのだが、それの発露なのかもしれないし、実際的な徘徊を目撃したという事なのかもしれないし。物事をぼかして書くのがクセになっているから、ダイレクトな物言いはしないが、実際的な徘徊は、いいな。最近使った言葉の中では一番いい。廃墟は徘徊するものだ。探検もするか。宿泊も、する人はするし。廃墟に寝泊まりするのは、化物語忍野メメしか出てこないのだが、生活圏の近くに廃ビルなり廃屋がなかったからか、本当にそのような人が存在するのかどうか。イギリスにいた時、潰れたテナントのショーケースから中に入って、雨風をしのいでいるホームレスがいたような記憶もある。横に支離が滅裂した画像を置いていたら意識が四方八方に飛び散る。ガラケーの電池が切れている。充電しなければ。充電したところで、カードの利用通知しか来ないし、時計として使っているだけだが。